吉野・六田の宿

柳の渡し(六田の宿)
このあたりは、対岸の大淀町北六田とを結ぶ渡河地点として、古くから開けたところです。
平安時代に、大嶺山中興の祖といわれる、山城醍醐の僧、聖宝理源大師が初めて渡し場を開いたと伝えており、
以来吉野山から大峰を経て熊野へ駆ける、修験者の水垢離場として尊ばれてきました。
今の美吉野橋は、大正八年(1919)になって架けられたもので、それまでは舟や徒歩で川越えをしたものでした。
したがってこの付近は、大和平野や大坂、和歌山方面からの修験者や、吉野山への花見客でにぎわい、
また吉野川を下す“筏”のたまり場でもあったので、宿屋や茶店が建ち並んで、宿場町としても栄えた所です。
今建っている石の像は、修験道の開祖役行者像で、願主の名とともに「世話人船仲間」の銘も見え、
毎年9月七日に「行者まつり」が行われます。 ―吉野町―
  <南岸の案内看板より>
関連ページ●柳の渡し●参照リンク

▲美吉野橋南袂の役行者石像 ▲美吉野橋の南袂から吉野川を臨む(西方の眺望)


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吉野町六田 丹生神社 むだ にう

祭 神:彌都波能賣命
鎮座地:奈良県吉野郡吉野町六田

▲境内入口 

こじんまりとした神社である。境内入口の右側に「丹生神社」の社名板が掲げられている。
『吉野郡史料』には、「丹生神社ハ大字六田字宮ノ本ニアリ式外村社彌都波能賣命ヲ祀レリ」と見える。
神社の雰囲気は、どうも他の地域の丹生神社とは趣が違うように感じられる。
土人(くにびと)の国樔の人びとが斎祭った水神だろうか。水分の位置にはある。
鳥居の奥、階段を上った突き当たりの建物は真宗寺院。

この辺りクマが出没するらしい 丹生神社 本殿 ▲隣接する真宗寺院

六田の丹生神社は、吉野川・美吉野橋の南岸から1000mほど吉野川に沿った道を西に行き、
支流の奥六田川に出合う手前の道を、300mほど左に上ってった所の小高い丘にある。
それほど山深い里ではないのだが、“クマ出没注意”の看板があった。
境内すぐとなりに寺院がある。明治以前は神宮寺だったのだろうか。
「浄土真宗本願寺派 金谷山・正念寺」の山号が見える。


かみがみのましますもり  続・神々の坐す杜  2.平成19年10月16日掲出


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