寝屋川 八坂神社 やさか 
祭 神:素盞嗚尊、住吉大神

鎮座地:大阪府寝屋川市八坂町11-13(京阪電車寝屋川駅、北東すぐ)
もと牛頭天王社、祗園社ともよばれていた

大楠の向うにみえる 拝 殿

 ――御 由 緒 「八坂神社略記」より――
 当社創建年代は詳らかではないが、伝承によれば第三十五代皇極天皇二年(西暦643年)の頃と伝えられる。昔、第十六代仁徳天皇、浪速高津之宮におわせし頃、茨田の堤を築かれたため、河内平野東部を南北に走る山脈丘陵に源を発し、高宮台地に迫り南流したる水は此の地に滞留し広大なる池となり、人呼んで茨田の池と云う。皇極天皇二年七月、池の水腐敗し口黒く身白き小虫わきて池を覆い、翌八月に入ってその虫死して死骸は水面十糎から十五糎の厚さになりしと云う。その為池の水藍汁の如く変じ魚類死滅、悪疫発生し住民死亡する者多し、ここに於いて里人困窮し播州廣峯神社に疫病平癒の祈願を行う。霊験著しく、日成らずして終息す。 人々これを忘れざるため、神恩報謝の心を以って其年、廣峯神社の分霊を播州より勧請して池の辺りに小社を建立し、これを祇園社と称え里の守神として斎き奉る。 その後爾来年月を重ね池の水渇き芦原となりしを以って開墾し、数十町歩の農地を生ず処々に五穀豊饒を祈願し豊受姫の命住吉大神を合祀し相殿斎き奉る。当祇園社は代々茨田の池の茅を持って屋根を葺き、20年毎に葺き代えてきましたが万延元年正月(西暦1860年)時の代官多羅尾民部殿に願い出て永世不朽の瓦葺入母屋造りとなせり。現在の社殿是なり。(社務所発行の略記より引用)
 ●参照:八坂神社 公式ホームページ                       ●広峯神社:「神奈備にようこそ」
御神燈をくぐると一の鳥居 この鳥居は小さいので
御神木の楠木が格別巨大にみえる
境内入口



寝屋川 大利神社 おおとし
祭 神:大歳神、菅原道真公、大国主大神、事代主命

鎮座地:大阪府寝屋川市大利町23-1(京阪電車寝屋川駅、北西すぐ)

鼻面を撫でられてテカテカ、御神牛 拝殿の奥に続く 本 殿 境内入口より、正面が拝殿




かみがみのましますもり  続・神々の坐す杜 43.平成20年9月26日    
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