式内社 伊和神社 い わ
祭 神:祭神:大己貴神
   配 神:少彦名神、下照姫神

鎮座地:兵庫県宍粟市一宮町須行名407

[播磨いちのみや]道路標識  国道29号線を挟んで反対側に「道の駅」がある 

2月中旬、大阪から中国自動車道で宍粟郡へ向かった。
前々日には、福崎ICから向うにチェーン規制が布かれていたがこの日は快晴。
昨日は美作で1泊、やはり中国道で山崎ICまで戻り、国道29号線を北上して揖保川沿いを走る。
この国道は戸倉スキー場へ向かう道で、途中の戸倉峠は昔から雪の多い難所であったと聞いている。
事実、先日インターネットでこの地区の道路情報を確認したところ峠のモニターカメラは、かなりの積雪を伝えていた。
それで心配をしていたのだが幸いにも昨日今日と晴天に恵まれ、道路の雪はほとんど融けてしまっている。
一宮はもともと雪の多い地域のようだが、道路沿いの山々や、日陰に雪を残すのみで、
この伊和神社境内でも残雪は僅かであった。

ところどころに雪が残る北向きの社殿

当社は、第十三代成務天皇甲申年(144)の創建と伝えられ、一説に、この年2月11日丁卯「我を祀れ」との神託があり、その地に向かうと一夜のうちに杉檜などが叢生して、大きな鶴が二羽が石の上で北向きにに羽を休めていた。これを神意として社殿を造営したのを始めとする。
社殿が北向きなのはそのためと伝わる。

戦国時代には毛利方に附き、秀吉軍に破れ多くの神領を失った。その後、池田輝政、松平恒元、池田政元らから神領の寄進うけるも明治の農地改革により、それらの神領はない。
それでも現在の境内は17,357坪と広大である。  ―神社由緒―

延喜式の播磨國宍粟郡、伊和坐大名持御魂神社に比定名神大社。
播磨国一宮。明治の制では国幣中社。
                                    

境内摂社・末社 本   殿 東側・正面参道 神門をくぐり左に折れる

かみがみのましますもり  続・神々の坐す杜 37.平成20年2月21日掲出    

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