新ブロック [27] :2017年7月~12月


本薬師寺跡、ホテイアオイ

 投稿者:やさか  投稿日:2017年 9月16日(土)19時06分6秒
返信・引用
  橿原市城殿町、本薬師寺跡のホテイアオイを見に行きました。
以下橿原市HP「かしはら探訪ナビ」より引用
――――(ホテイアオイは)南米原産の繁殖力の高い花で、別名はウォーターヒヤシンスといいます。
水草の1種で水面に浮かび紫色の花を咲かせます。朝につぼみが太陽の日照に合わせて開花し、
夜になると萎んで翌日の朝に新しい蕾が花開きます。
一度開花した花は毎日入れ替わるので花は大変色鮮やかです。(中略)
本薬師寺跡周囲にある1.4ヘクタールの水田には、毎年7月初旬に約14,000株が植えつけられ、
最盛期には約400,000株の美しい紫色の花が水田一面に広がります。
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この本薬師寺跡には「史跡 元薬師寺阯」と、文字が刻まれた石碑が建てられている。
遠景に見えているのは、大和三山の一、畝傍山(うねびやま)
※クリック拡大してご覧ください。
 

波宝神社・岳祭り

 投稿者:やさか  投稿日:2017年 9月10日(日)22時06分3秒
返信・引用
  本日9月10日、西吉野銀峯山・波宝神社の秋祭りに行ってきました。
快晴に恵まれた日曜日、山上は熱気に包まれました。
数十年ぶりに復活した波宝神社名物「荒神輿」が復活したからです。
今までは担ぎ手が揃わないと言う事で、神輿蔵に休んでいた二台の神輿が、本日は境内に登場したのです。
伝統行事の復活に向けて地区をあげての取り組みに、市も全面的な協力をしたのでしょう。
波宝神社の宮司さん、氏子総代さんをはじめ地区の氏子の皆さんのご努力で、見事伝統の行事が復活しました。
市で担ぎ手を公募すると、何と60人も応募したとか。
お揃いの波濤模様の法被姿も凛々しく、若者たちの勇壮な声が境内に響き渡りました。

●参照頁「波宝神社」http://www.yasaka.org/yosino/hahono.html
    「波宝神社・秋祭り」http://www.yasaka.org/yosino/hahou_001.htm
●写 真[上]出発前の結団式
   [中]さあ、神輿の出発だ!
   [下] 急坂の参道を降りて御旅所に向かう
 

二十億光年の孤独

 投稿者:やさか  投稿日:2017年 9月 7日(木)01時20分9秒
返信・引用
  『谷岡俊太郎詩集』を久しぶりに読みました。
これは昭和43年(1968)5月に河出書房から発売された詩集なのでもう50年ほどにもなります。
まだ少年とも言えるほど若かった頃の私が買ったものでした。

少年はこの詩集が大変好きになり、よく持ち歩きました。
成人して結婚し、娘を二人もうけた後も、手元においてよくこの詩集をよみました。
何年も時を経て、この詩集は著者にめぐり逢いました。
57歳になった持ち主の男が、サインを著者に求めに行ったからです。
大切にしていた本だったけれども、もうかなり傷んでいました。
著者は、本をいたわるように撫でたあと、丁寧に署名してくれました。
それから十数年過ぎても、男は手元から離しませんでした。
もう、ぼろぼろになってしまった本だけれど、背を糊で固め、しまいには透明テープで繋ぎもしました。そして、しばらく本棚に並べていたのでした。

久しぶりに読んだ詩集で、むかしの感動がよみがえりました。
特に、「二十億光年の孤独」と区分された一連の詩集です。
この詩の一部を以下にかかげます。
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ネロ
――愛された小さな犬に

ネロ
もうじき又夏がやつてくる
お前の舌
おまえの眼
お前の昼寝姿が
今はつきりと僕の前によみがえる

お前はたつた二回程夏を知つただけだつた
僕はもう十八回の夏を知つている
そして今僕は自分のや又自分のでないいろいろの夏を思い出している
メゾンラフイツトの夏
淀の夏
ウィリアムスバーグ橋の夏
オランの夏
そして僕は考える
人間はいつたいもう何回位の夏を知つているのだろうと

ネロ
もうじき又夏がやつてくる
しかしそれはお前のいた夏ではない
又別の夏
全く別の夏なのだ
(以下略)

●昔の感動が蘇ってきたので、ホームページに「谷川俊太郎と石原慎太郎」と題した頁をつくりました。
http://www.yasaka.org/KOBO/tanigawa.html
 

天辻峠

 投稿者:やさか  投稿日:2017年 8月26日(土)17時42分35秒
返信・引用
  五條市大塔町天辻峠の道の駅に行ってきました。

天辻峠は標高790メートル。その昔は「天の川辻」と言ったそうです。
丹生川と熊野川の分水嶺で、西熊野街道の最難所だったと伝わります。
この峠は、正に天の十字路ともいうべき要所だったようです。
主道の南北に通る道筋は、大日川村(現在の西吉野町)から、この天辻に上り、
南方の坂本村(現、大塔町阪本)まで一気に下ります。
一方、東西の道は、西へ行けば富貴村(現、和歌山県高野町)で、東へ行けば天川村へと通じます。
いずれも古代の高速道路とも言うべき尾根道筋の交差点でした。
幕末の天誅組の変では、一時天誅組の本陣が置かれたこともあります。
当時は大いに栄えた物流の中継地で、宿場の様相を呈し大商人が支配していたらしい。
現在は国道168号線が通り、「道の駅・吉野路大塔」がああります。

写真[上]は、道の駅案内図(以下いずれもクリック拡大してご覧ください)
写真[中]は、天辻郷土館付近(道の駅2階より撮影)
写真[下]は、郷土館庭園(郷土館座敷内より撮影)
●往古の「天の川辻」は、現在の道の駅より徒歩で30分ほど上に登った所にあったようです。


 

桃花里(つきのさと)

 投稿者:やさか  投稿日:2017年 7月30日(日)20時16分4秒
返信・引用
  吉野郡下市町秋津は、古くは桃花里(つきのさと)と呼ばれていたようです。
平安時代初期に、僧景戒によって編まれたと伝わる『霊異記(日本国現報善悪霊異記)』にも
「桃花里秋野河」と記されて出てきます。
吉野・下市は、吉野川支流の秋野川に沿って栄えた市邑で、
平安時代初期には世間に広く知られていたようです。
日本最初の手形「下市札」が発行されたのもこの吉野下市でした。

●写真は上から―― 町内の小祠「天照皇大神宮」と「楠稲荷大明神」そして、
歌舞伎・義経千本桜の舞台に登場する老舗料亭「つるべすし弥助」
 

新歌舞伎座

 投稿者:やさか  投稿日:2017年 7月 2日(日)11時59分18秒
返信・引用
  昨日7月1日、上本町にある新歌舞伎座に行きました。
6月26日から公演している「五木ひろし・坂本冬美の公演」です。
出し物は、夫婦善哉と歌謡ショーでした。
歌謡ショーと言えば、もう50年以上も昔、労音でフェスティバル・ホールのフランク永井ショーや、大劇での橋幸夫ショーを見て以来のような気がします。
フランク永井の素晴らしいバリトンの歌声は、今も彷彿として記憶に蘇ります。今になって残念に思うのは、あの「美空ひばり」や「青江三奈」の歌謡ショーを見たことがなかった事です。もっとも当時はそれほど彼女たちの歌声が魅力的だとは思わなかったからでした。
私に感受性が無くその良さが分からなかったからです。
残念にも彼女たちがあの世に旅立った後で、彼女らの歌声の魅力に取り憑かれたのでした。
後からはCDを買ったりして、何度も何度も繰りかえして聞くほど惹かれ、現役の間に実演見ておけば良かったと悔やんだものでした。
そのような後悔があったので、素晴らしい歌声の五木ひろしや坂本冬美の実演を、ぜひとも今の内に見ておきたいと思ったからです。

公演は、期待通りの素晴らしいものでした。
さすがに五木、坂本は一流の歌手だと思います。
そして、二人と共とても色気がありました。

写真は大阪上本町YUFURA 6~8F 新歌舞伎座
 


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