ヤマトへの憧憬
大和は国のまほろば たたなづく青垣 
        
            山こもれる大和しうるわし
ヤマトは大倭、倭、大養徳などと書き「オオヤマト」とも訓んで、もとは山辺の地域名称だったが、大和朝廷の勢力拡大とともに今の奈良県を指す国名から、日本全体を表わす国号ともなった。
ヤマトは「山処」で山のあるところの意味で、山に囲まれた地形をいうと考えられる。
青山四方にめぐれる国
奈良盆地を囲む四方の青山。北にはなだらかな平城山。東には伊賀・伊勢国につづく大和高原。西には西には河内国とをへだてる生駒・信貴・二上・葛城・金剛の連山。南には大峰・大台ケ原に連なるけわしい山々。
四方の青山に降りそそいだ雨は奈良盆地に集まって大和川となり、大阪湾に流れ込む。吉野・大台ケ原に源を持つ吉野川は支流を集めて紀の川となり、紀伊水道に、また、十津川・北山川は合流して熊野川となって太平洋にそそいでいる。
大和はうるわしの国である。
花開く古代文化
日本列島に稲作が入ってくると、この地に住みついた人々は奈良盆地を開拓しながら、豊かな米作地帯を作っていった。
大陸から流れ込んだ高度な文化は大和の地で花開き、大和は政治文化の中心となっていった。

倭は国のまほろば・・・・・ヤマトタケルが望郷の思いを残したこの歌の、四方を山で巡らされたヤマトの国は、この盆地の西南にある三輪山周辺の崇神天皇治世以来、難波や近江に都が置かれた時代もあったが、飛鳥、藤原、平城など、四百年以上もこの奈良盆地に都が置かれ、倭は日本の中心であった。
「新撰姓氏録」によればこの大和に本拠地をおいた渡来人は
漢系十一氏、百済系六氏、高麗系六氏、新羅系一氏、任那系二氏の合計二十六氏である。
青山四方にめぐれる国−奈良県誕生物語-  奈良県
角川日本地名大辞典              角川書店
日本に残る古代朝鮮/段熙麟           創元社 より 
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01.05.17