真朱の姫神 第四部・黎明編
                                                                                  
 ω、エピローグ

 ヨシノの里には多くの人々が往来した。
 住む人も増え、一族の者達の一部はヨシノカハを越え北へ移住して行った。
 山塊を越すと、そこは青垣が四方に廻る広大な湿地帯だった。多くの人たちが湿地の周辺に住み始め、先住の土人(くにびと)たちとの婚姻も増えていった。彼らに技術を伝えながら協力して干拓を進め生活基盤を築いていった。
 この地を中心に自然とクニの形が整っていった。
 アカリとサルトは人々から敬愛され、親しみを込めてアカリヒメ、サルトヒコと呼ばれた。
 サルトの妻アカリに、もう一人の子供が生まれた。また女の子だった。また、地元の村長(むらおさ)の息子と結ばれたスフラは男の子を産んだ。

 土人(くにびと)の娘と夫婦(めおと)になっていた犬戎の王子、イカリも男の子に恵まれた。イカリは咸陽から共に渡り来た仲間とともにヨシノに住み着いて、採鉱・精錬を生業とした一族を成した。

 遥か大陸の西からやってきた古代王国の血が、東海の島国に今確かに伝わったのである。
 ヤマトのクニのあけぼのであった。                                
                          了

             


【登場人物】
        
 ●アカリ(西域小国の王女)中国名 [朱紅]
 ●サルト(西域の武人)  中国名 [胡傑]
 ●スフラ (侍女)      中国名[小蘭]
 ●イブラ(長老)     中国名[丹渓]
 ●イカリ(犬戎の王子)  中国名[葛洪]
 ●ムーサ(咸陽の政商)  中国名[呉徳]
 ●徐市(方士の徐福)
 ●始皇帝(秦王瀛政)
 ●陳長官(朝廷の官吏)
 ●金治適(水夫長)
 ●従者の若者四人 他

  始皇帝(前二五九〜二一〇)前二四七年即位。 
  徐市(徐福)前二七八?〜二〇四?七十四歳?没。



 齊人徐市等上書言 海中有三神山 名曰蓬莱方丈瀛洲。僊人居之。請得齋戒 與童男女求之。於是遣徐市発童男女数千人。入海求僊人。―『史記』「秦始皇本紀二十八年」―

 斉人徐市等上書して言う。海中に三神山有り、名づけて蓬莱・方丈・瀛州と曰う。僊人之に居る。請う、斎戒して童男女と與に之を求めることを得んと。是に於いて徐市遣わして童男女数千人を発し、海に入りて僊人を求めしむ。

…徐福得平原広沢止王不来……―『史記』「淮南衡山列伝第五十八」―

…徐福平原広沢を得て王となり帰らず。


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