真朱の姫神 第四部・黎明編
                                                                                  
 八、うるわしの国

 徐市は、土人(くにびと)たちがクマノと呼ぶこの地を「木の国」と命名し、上陸した海岸の入り江の奥の森に祭壇を設けた。そしてこれは始皇帝が崇めていた道教の神だと説明した。なんでも徐市自身も尊崇しているのだという。サルトが見たところ、この祭壇は胡神
の祭壇かのように見えた。
 徐市は上陸したこの海岸付近の地名を「新宮(しんぐう)」と名づけた。
 明くる日から新しく任命された村長を中心に開拓生活が始まった。長い旅の間、同じ船中で過ごすうちに絆が生まれていた。もともと気心が知れた者同士、あるいはできるだけ縁のある者同士を同乗させていたからでもある 
 名前も皆めいめいが好きな名を名乗った。中国名(秦国名)でなければならないというきまりを廃止したからである。サルトたちは元の名に戻した。勿論そのまま中国名を名乗る者も多くいる。
 この頃サルトは、里長に任じられていた。総指揮官でもある徐市が忙しくて、とても里長と郷長を兼務できなくなり、里長をサルトに委ねたからである。

 村単位で生活の基盤となる食料生産の手だてを作り始めた。
 まず、住居を作った。さし当っては雨露をしのげるだけでよい。その次は農地を作る開墾作業である。これらは村を挙げての協同作業で行った。
 大陸の海岸育ちの者等は経験のある漁業を生業の基盤とした。また、鵜飼いの技術がある者のうち、河川で漁労をはじめた者もいる。採鉱に携わっていた者等は鉱脈を探し、精錬や鍛冶に従事した経験者は同じ生業(なりわい)を目指した。工人・技術者達は、すべての船に満遍なく乗っていた訳ではない。どうしても偏りができる。それを補うため、村同士はお互いに交流が必要だった。職人が邑々(むらむら)を行き来し技術を教え合うことが必要だった。これらすべての職人達に、見習いとして少年をその適正を考えながらそれぞれ配置された。
 また一方で植林もした。大陸から持参した種々の木の種を植え、苗を育てて山々に植えて行くのである。これらも皆協同作業だった。織物を作るための養蚕、このための桑の木も植えた。織物の指導はアカリの担当であった。意匠を考え織り方を考案する。織物の実技は元侍女だったスフラが少女達に教えていく。
 サルトらの里は、特に植林と養蚕・織物、採鉱精錬に力を注いだ。わずかの人数だが漁労に従事した者等もいる。他の里では開墾が進み、まず畑ができてくると五穀を育てはじめた。水利の良い所から水稲栽培を計画しているところもある。
 
 渡来して一年、この国は大きな島国であることを知った徐市は、各村を精力的に歩きまわり、殖産を督励していたがある時、話があるとサルトを呼んで言った。
「サルト、しばらく儂(わし)はここを留守にしたいと思うのだが…」
 徐市はこう切り出した。徐市が言うには、…
 この扶桑国の多くの地に我が一族が住んでいると思う。というのは前二回の仙薬を求めての航海時に多くの仲間を死なせてしまったと思っていたのだが、見失ったという方が正しいかもしれないと思うようになったからである。なるほど嵐に遭い海の藻屑となった者も多いだろう。高波で難破して砂浜に打ち上げられた者もいるだろう。また、座礁して溺れ死んだ者もいたはずである。また船に乗ったまま黒潮に流され、この列島の北の端(はし)まで運び去られた者達もいたことだと思う。中には本当に大鮫に喰われた者もあったに違いない。しかし何とか岸に流れ着いて、何人かで力を合わせて村を作り、先住の土人(くにびと)との間で子を設け、立派に暮らしてる者らもいるとも考えられる。幸い今回の航海では、前二回の経験が生きて二隻の船は失ったものの、大部分の者達はこうして無事上陸できている。そして皆んなの努力で何とかこの土地で暮らして行ける目途がついた。儂は前二回の航海責任者として、この地に連れて来れず離れ離れになった仲間達のことが心配でならない。一回目も二回目も何人かの者達は儂と一緒にこの木の国へ上陸できた。しかし多くの者達は死んだり離れ離れになって、不安の中で暮らしているかもしれない。最近、土人の魚取り達の噂話によれば、他国より渡来したものたちの村が、そこかしこにあるようだともいう。儂は離れ離れになって寂しく暮らしているだろう者達を訪ねに行こうと思う。
 …というようなことをサルトに話した。
 サルトには反対する理由がない。黙ってただ頷くしかなかった。

「なあ、サルトよ。国づくりは稲と鉄だ。つまり食料と鉄器である。農具作りに鉄は欠かせない。もちろん武器にも鉄はいる。儂が留守の間、全てをお前に任す。特に鉄作りに力を注いでもらいたい」
 徐市は力を込めて話し続ける。
「そしてサルトよ、木を植えよ。この国は建物を作る良材が少ない。特に杉や檜を植えるが良い。幸い楠や松、楢や樫などは充分あるようなので採鉱精錬には困ることはないだろう」
「分かりました。きっと教えに違わないよう努力します」
 サルトは心に誓って頭を下げた。
 幾日かを経て、徐市は腹心の前水夫長、金治適(きんちてき)と共に一族の何人かと工人・職人を引き連れて、この木の国で新宮と名づけた港を船で離れた。
 見送ったサルトやアカリが帰国の予定を聞くと、
(二・三年は帰らないかもしれない)と言い残した。

 それぞれが村の形を成しはじめていた。
 上陸地点の新宮から海岸沿いに、東回りで生活拠点を求めて移動し、東海岸に村を成した者たちがいた。また、海岸線を西に移動して西海岸に村を作った者らもいた。
 別の船で徐市らの船団の後を追ってきた呉徳ことムーサは、サルトや葛洪ことイカリらを同乗させてきた同じ船で、一族ぐるみで西海岸寄りを北に向かった。そして後のたよりではナミハヤという湾岸の地で、やはり交易を生業としているという。
 漁労を生業とする者たちは、やはり海沿いが生活しやすい。そこから更に内陸に入り、焼畑で作物を作る村もできた。また山麓を開墾して畑を作り、作物で生活する村もあった。山間の谷間で集落を成し養蚕をして織物を作る村もできた。先住の土人達の仲間に入り木工や竹細工で生活を成す者たちもでてきた。中国南海岸で鵜漁をしていた者は、この国にいた川鵜を飼い慣らして川魚を捕った。今では鵜飼いとして村を成そうとしている。仕事によってその村々が形成されようとしていた。

 アカリとスフラは、新宮の地で養蚕と織物を少女達に教えた。
 サルトは、イカリと共に鉱山採掘の工人と金属精練士を連れて、土人(くにびと)がクマノカハと呼ぶ川伝いに遡り、鉱脈を探し求めていた。川の小石を見ると、どのような鉱石があるか分かり易いのである。それに砂金が見つかることもあった。沢伝いに行けなくなると尾根を歩いた。山を越え谷を越え、北へ北へと歩いていった。高い山に登ると辺り一帯を見渡して、鉱脈がありそうな所にめぼしを付ける。鉱山採掘が専門の彼等は土の色、叢生している植物から土中の金属が判るらしい。イカリも採鉱や精練については深い知識があることが分かった。
 土人(くにびと)たちがヨシノと呼んでいる地帯には大きな鉱脈が地下を走っていることが分かった。銅が多く採れそうだった。この鉱脈には鉄はもちろん、少量だが金や銀も採れそうだと判断できた。それに附帯して辰砂も採掘できそうに思われた。

 木の国を拠点に新宮に住まいし、鉱脈を求めて各地を探索しているうちに、アカリとサルトの間に子供が生まれた。これを機会に新宮の生活基盤を他の仲間に委ね、サルトはアカリと相談して、子供を連れヨシノに移住しようと思った。もちろん侍女のスフラ、長老のイブラ、従者の若者四人に加え、イカリとその仲間三人も一緒に連れて行きたいと思う。
 イブラは、木の国では少年たちを指導し、苗木を育て山々に木を植えていた。従者だった若者たちは山麓で開墾作業に従事するなどしていたのだが、サルトが移住の話をすると彼等も賛成したので、ヨシノに生活の拠点を移すことにした。木の国のこの新宮に、ある程度の生活拠点ができていたので、仕事を譲り、この里の村人は残して行くことにしたが、希望する者は連れて行った。
 祖国から遠路はるばると運んできていた木箱は、いつもの通り若者四人が担ぎ、持てるだけの道具を持ち、できるだけの食料を携えて大人数で移住した。当分先年上陸したときと同じ苦労をしなければならない。全員が覚悟の上だった。 

 ヨシノは美しいクニだった。古(いにしえ)よりこの地の住んでいる土人(くにびと)たちが「ヨ・シノ」と言うくらい、その高地には篠(しの)がよく繁っていた。良い小竹という意味合いがあるという。篠だけではなく、精練に必要な木炭を作るための橡や樫の木も十分にあった。また採鉱井戸を補強するための松もいたるところにある。精練には格好の植生といえた。
 また、なだらかな山麓は開墾すれば畑が無理なく作れる。そして山の北側にはヨシノカハという大きな川が流れていた。その支流にはクロタキカハ(後の時代の丹生川)もあった。ヨシノの山々の北麓を流れるヨシノカハの両側には広々とした河岸段丘が広がっていた。さらに、その北側には巨大な山塊(葛木山系)が東西に横たわっていて、山向こうのクニと隔てている。サルトは、この川の下流ではきっとクマノの海とも繋がっていると確信した。
 ここにもクニを作るに充分な条件の土地がある。
(我々のクニをここに作ろう)サルトの心に、希望が大きく膨らんだ。

 それから数年経った。
 ヨシノでは、サルトたちは食糧を賄うための畑地を開墾でつくりあげていた。食糧が確保できるようになると採鉱と精錬に腐心した。幸いヨシノの地は鉱物が豊富にあった。特に銅が多く産出することが見込まれた。イブラとイカリを中心に、大陸から船団で同行してきた工人の知識・技術の助けを得て、銅や鉄を得ることができるようになった。ヨシノの中心部に南北に並んで三つある山岳に、それぞれ採鉱井戸を設けたからである。イブラが宰領する南端の山が最も多く銅を産出した。
 イカリはその北側にある二つの山の裁量を任されていた。しばらくしてイカリは土人(くにびと)の娘と夫婦(めおと)になった。
 アカリ姫の侍女だったスフラはヨシノで地元の村長(むらおさ)の息子と結ばれた。
 その間にサルトとアカリには二人目の娘が授かっていた。

 里村の経営も順調に推移していたある日、新宮から使者が来て、徐市が遠征から木の国新宮に帰って来、サルトに会いたがっていると告げた。サルトは急いで身支度をして若者一人を連れ、その使者が帰るのと共に新宮に行った。
 サルトが新宮に戻ったのは八年ぶりであった。そこは小さいながらも港町としての都邑を成しはじめていた。地形が港として良好なので船が出入りしやすいからでもあろう。
 徐市が作った祭壇は新しくされ、屋根付きの祠となっていた。徐市がこの土地を「新宮」と名づけたのが今分かったような気がした。ここに新しい都をつくりたかったのだろうとサルトは納得した。
 使者の案内により、徐市の一族で村長となっている者の家へ行った。そこで徐市が待っていた。

「おお、サルト、よく来てくれた。会いたかったぞ」
「久しぶりです。私もお会いしたかったです。」
 二人は抱きつかんばかりに近寄り、手を握り合った。徐市の横には日焼けして真っ黒になった金治適(きんちてき)の顔もあった。
 百工のひとり酒造りの伎人(てひと)が醸したという米酒が出された。最近作り始めたのだという。
 その酒を四人で飲みはじめた。
 徐市はサルトに各地の様々な話を聞かせた。
 ナミハヤという入り江の村々の中に前航海で死んだと思っていた者達が村を作っていた。また内陸の真ん中北方にあるヤマシロというクニにも徐市の一族が村を作っていた。その隣の大きな淡海のあるクニにも秦に縁の者たちの村があった。さらにその西域の奥山の方のタニワや西のハリマと呼ばれているクニにも縁(ゆかり)の者らの村ができていた。その他にも多くの村があって、そこには我々とよく似た者達も住んでいた。おそらく我々より更に前に、大陸から渡り来た者たちであろう。他にもよく似た体つき顔つきの者らもいた。彼等は中国北方の匈奴ではないか。彼等は我々とは違い、もっと遙か以前に大陸から、半島を経由して小舟かイカダのようなもので、この列島の北海岸から上陸したのではないかと思う。……と話す。
 サルトはじっと徐市の顔を見ながら聞いている。
 話す徐市の顔に疲れが見える。以前に較べ随分痩せたように見受けられる。元気一杯の金治適とは好対照であった。酒も弱くなったようだ。以前ならどんどん飲みながら話したものだった。今は初めの一杯を少し飲んだきりで、あとはもう飲もうとしない。それでもう酔っぱらったかのように不自然に赤面していた。

 徐市は続ける。
「サルトよ。儂はお前に期待をしている。お前ならできると思う。皆が楽しく暮らせる理想のクニを作ってくれ。」
 徐市は言うが赤らんだ顔で眼に力が無かった。
「なあ、サルトよ。そして金治適も聞いてくれ。儂はもう長くない」
 徐市は肩で息をしながら話す。
「我々は皇帝を裏切ってあの秦を見捨ててきた。そしてお前たちとこの扶桑国へ来て、皆で頑張った。そのお蔭で何とか我々が生きていく基(もと)いができた。」
 ここで徐市は一息ついた。
「だが、考えてみてほしい。我々が今ここでこうして居れるのは秦のお蔭ではないか。つまりそれは皇帝のお蔭といえる」
 金治適は身体を気遣い、もう話を止めて休んでください、と言ったが徐市はさらに言葉をつないだ。

「儂(わし)の心の奥にいつも引っかかっていたのは、皇帝に嘘をついた事じゃ。皇帝は儂らに良くしてくれた。我等一族が栄えたのは皇帝が儂を重用してくれたからじゃ。…」
「多くの儒者、方士の中から斉人の儂を第一に用いてくれた。皇帝の良さは、何国人であろうと差別せず、能力さえあれば用いてくれることじゃった。仙薬探しの航海では何もかも信用して任せてくれた。その恩人に真っ赤な嘘を吐(つ)き通したのである。儂は皇帝に謝らなければならん」
 徐市の目に涙が光った。
「国つくりは難しい。それを皇帝は短期日で成された。しかし、中原を征したとはいえ四方は敵でいっぱだった。あの広大な大陸を統一する為には、残酷な刑罰と剣の威力で押さえるしかなかったのかも知れん」
 徐市の目からとうとう涙がこぼれ落ちた。
「老いてしまった今頃になって思うのじゃが、莫大な費用を賭け、大人数を与え、儂らを航海に出してくれたのは、あるいは皇帝の夢の実現のためではなかったかと思う。不老長寿の仙薬など何処にもないこと、儂の噺も嘘だと知っていながら送り出した」
 徐市はどこか遠いところを見ているような目をして、とぎれとぎれに話し続ける。

「皇帝は、秦国がいつまでも続かないと予感していたと思う。今思うとあれだけ陵墓の建設を急いだのもそのせいだろう。理想の国づくりの夢は儂らに託されたのかも知れん。東の涯(はて)で、秦国にゆかりの者たちが豊かに暮らす。残酷な暴君といわれる皇帝の夢は案外そんなところだったかも知れん」
 しばらく間を置いてまた口を開いた。
「今度あまたの村々を見歩いて分かった…。儂が連れてきた者たちは皇帝が好きだったんだな……。多くの村で秦王瀛政(えいせい)を崇めているんだよ、そしてなぜか秦某などと秦姓を名乗っている者が多い、、、。こうしてこの地に流れ着いて生活が成り立つようになってくると自然と故国に愛着がでてくるんだなァ…」
 徐市は少し嬉しそうな顔をした。
「そこで思うんだが、金治適よ、お前たち我が一族、そして秦国にゆかりの者たちはできるだけ秦姓を名乗ってくれ。」
 徐市は次にサルトの方に向き直って言う。
「サルトよ。お前はこの国でお前の祖国の夢を再興すればよい。この地を統(す)べて、理想の国づくりをほしい。………儂は聞いたのだがこの国にも、咸陽の都のような広い豊かな中原があるらしい。木の国の奥地から更に山塊を二つ越えた辺りにその中原はあるという。四方を山垣が巡り、今は湿地ともいうが干拓はできるだろう」
 お前ならできる、任せた。儂はもう疲れたというと徐市はそのまま眠り込んでしまった。
 そしてあくる日も目を醒まさず眠り続け、その次の日に呼吸を止めた。七十四歳だった。
 七日間喪に服したに後、金治適が中心となって、大勢が集まってクマノカハの川尻の辺りにこじんまりとした陵(みささぎ)を作り丁重に徐市を葬った。

 葬儀を終えてサルトは従者の若者とともにヨシノに帰った。
 ヨシノには南北に三つ並んだ山があって、その南側の鞍部にサルトは居を構えていた。
 ヨシノの山々の交通は主に尾根筋が用いられる。そのほうが通りやすく距離も最短距離で移動できるからである。住居のある鞍部は尾根伝いの交通の要所になっている。この地域の里長でもあるサルトの居宅はかなり大きく、そこに妻のアカリと二人の娘、侍女のスフラ、それに長老のイブラ、従者の若者四人と大所帯で暮らしていた。、更に敷地内の別棟には、サルトの右腕となっているイカリと四人の若者たちも住んでいる。
 廈(いえ)が近づくと犬の鳴き声が聞こえ、二匹の子犬が駆け寄ってきた。二人はまとわりついた子犬の喉を撫でさすった。よく見ると犬ではないようだ。誰かが狼の子を手懐けて育ているらしい。
 黒木の柱が両側に立てられた屋敷の入口を入ると、スフラが走り寄って来て出迎えた。向うの方から妻のアカリと女の子がこちらへ駈けてきた。女の子はサルトの娘だった。
「サルト、お帰りなさい」
「里長、おかえりなさいませ、お疲れ様でした。」
 二人の出迎えの言葉聞いたあと、サルトは徐市が亡くなったことを話す。するとアカリは顔を曇らせて、こちらのリブラも体調をくずして寝ていると言う。サルトは、亡くなった徐市の話しや新宮の話をしないまま、すぐにイブラの寝床に向う。
「イブラ、どうしました?具合はどうですか」
 サルトはイブラの枕元に近寄り見舞いの言葉をかけた。まどろんでいるかに見えたイブラがサルトに気付いてすぐ起き上がろうとする。
「そのまま。そのまま寝ていてください」
 サルトは言ったが、イブラはもう起き上がってしまっていた。
「早く帰って来てほしいと待ち焦がれていました」
 イブラは小さく咳き込みながらも精一杯の声を出した。横で付き添っていたイカリが身体を支える。今まで元気だったのでサルトも歳のことは気にしていなかったが、もう七十近いはずだった。

 イブラは、アカリ姫とサルトに是非伝えておかなければならないことがあると話し始めた。イカリが気をきかして席を外そうとすると、お前も聞いておいてくれと言わんばかりにイカリの手を握って放さない。イブラの身体は小刻みに震えている。。
「アカリ姫さまの父王から承った話です」
 イブラは話し始めた。
「王が息を引取られる時私しか傍に居りませんでした。その時お聞きしたことを話します」
 ここでイブラは小さく咳(せ)いて、フーッと長い息を出した。
「祖国から持ち歩いてきた木箱のことです。あれは今粗末な木箱に変わり果てていますが、元は金に覆われていと聞いています」 イブラはイカリに寄りかかって話し続けた。
 ――あれは聖櫃(アーク)と謂われる宝ものです。我らが王のご先祖はシバの女王が生んだあの偉大なソロモン王の子であります。この王子は、唯一人残っていたソロモン王の血の継承者であったため、神殿の大司祭から大切に保管されていた聖櫃を内密に譲り受けました。元の保管場所には聖櫃とそっくりな贋物を残したそうです。本物から金を剥ぎ取り贋物に覆ったのです。司祭は誰にも知られないよう王子を国外に逃しました。後の時代、この残されていた贋の聖櫃はネブカドネザル王の侵略で何者かに奪われ、また何者かによってエチオピアに持ち込まれました。今も聖地アクスムの祭壇で祭られていると聞きましたが、それは贋物です。ソロモン王の正統な継承者となった王子は、シバ女王の国エチオピアには帰らず、イスラエル北王国十氏族の内の一氏族となりましたが、後にこの子孫は東方に一族と移住し国を建てました。また母の祖国エチオピアに戻った子孫もいました。エチオピア王メネリクさまはその系譜です。そのような子孫もいましたが、祖国エチオピアに帰らなかったソロモン王の正統な継承者の子孫が我らの王、つまりアカリ姫の父王です。
 王が先祖から大切に引き継いできた聖櫃ですが、中に何が入っているかと申しますと…、…。
 秦国の咸陽を出発する際、役人に中を改められた時に見た者も知る通り、我々はあの木箱の中に生活道具を入れ、その下に王の遺骨を入れて運んでいました。しかし、実は更にその下を誰にも分からないように細工して、宝物の本体の金属板を入れています。聖櫃の中にある宝物は、モーゼ聖人の十戒を刻んだ石版だと一部では噂されてきましたが実際は金属板です。むかし王と共に中を改めた時に私も見たのですが、確かに金属でした。私達が見たこともないものです。表面は艶やかで光沢があります。現物は半アンマ角くらいの小さなものです。それと大変不思議なことなのですが、王が代々伝え聞かれたことによりますと、この板には大昔の秘密が隠されているといい、その秘密の全てがこの板に書き込まれているというのです。しかしいくら見ても何も記されてはいませんでした。またこの板は重くなったり軽くなったりするとも伝えられていると王は言われたのですがそれも判りません――
「王は亡くなられる時、次ぎのように遺言なされました」
 …とイブラは長い話を繋ぐ。
――東方からやってきた老博士から余は聞いた。はるか古時代(いにしえのとき)、知識は東方から海を越えて伝わって来たのじゃと。(あなたの先祖ソロモン、ダビデが治めていた王国も、その遥か昔は東の彼方から来たものじゃ。あなたの魂の根源は東の海の涯(はて)にある。東を目指しなされ、東へ行かれよ)と老博士は説いた。臨終の今、余の魂も東方を求めている。それで我が子孫には東への旅に立てとそれだけ伝えてくれ。行く先はおのずと神が指し示してくれよう。その旅には聖櫃を担いで行け。東の海のはてに永住の地を見つけたなら、そこに誰にも覚られないように埋めよ。しかし一族の後継者には必ず口伝せよ。聖櫃は遥か後の時代に必要となる時が必ず来る。その時、我が一族に繋がる者の誰かがそれを見付けて役立てるだろう。――

 王の遺言についての話は終わった。そこでイブラは震える手をサルトに伸ばした。差し出されたサルトの手を握りながらイブラは力をふりしぼって話を続ける。
「聖櫃はヨシノの三つの山、その一番南側の山に埋めてください。今までこの地が安住の地になると言う確信がなかったので、姫には、王の遺骨も聖櫃もしばらくそのままにしておきましょう言ってきましたが、今は確信できますので埋めてもらいたいと思います」
 イブラはかなり疲れてきたようだった。握る手の力も弱い。
「聖櫃は、誰にも知られないように地下に石室を拵(こしら)えて埋めてください。王の遺骨は、山頂付近に埋葬し石の標を置き祠を建ててください。このイブラは、聖櫃の近くにでも埋めてもらえれば幸いです。王と共に聖櫃を守り続けたいと思います」
 もし墓標を記すなら、王は櫃ヶ岳大明神、この私は銅魔神とでもしてほしいとイブラは遺言した。
 そのあくる日からは寝たままで、ほとんど食物を口に入れず、十日後に徐市の後を追うように他界した。
 北の空には碇星(いかりぼし)が瞬いていた。

※中国(秦)で言うところの胡神とは仏神(仏教)のことを指したようである。

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