真朱の姫神 第四部・黎明編
                                                                                  
 七、扶桑国上陸

 航海はおおむね順調だった。
 黒潮の流れに乗って目的地の扶桑国へ向かって航行していた。全部で六十五隻もの船団なので、どの船も順調というわけにはいかなかった。風が強く波の荒い日もある。昼でも雨が降ったりして天候が悪くなると見通しがきかず、離ればなれになることもある。夜も月夜であればよいが、曇天の夜はわずかな油灯だけが頼りでは、互いの船同志の衝突や接触の危険もある。
 航海中のある風の強い漆黒の夜、近づき過ぎていたことが気付かずいた二隻が衝突して乗組員もろとも海に沈んでしまったこともあった。
 それでも何も無かったように船団は航海を続けた。
 潮流は北東に向かって流れている。潮流に乗っての航海は航行は楽ではあるが、目的地を通り過ぎ、方向が反れてしまうことに気をつけなければならなかった。何隻かの船には方向測定器具を持った水先案内人がいるが、扶桑国への渡航経験を持つ者は徐市くらいしかいなかった。その徐市すら本当に経験があるのかどうかはいささか疑問だと、船長らは思っていた。

 扶桑国はこの潮流の流れの左手、西北方向に横たわっているはずだった。小さな島や陸の影、鳥の往来から陸地の所在に見当を付けて、折を見てこの潮流から離れなければならなかった。そして北に向かって帆走、あるいは櫂で漕ぎ大洋を渡って行くのである。この潮流に乗りすぎてしまうと、一年たっても目的地に着かないばかりか、戻ることすらかなわなくなるということを覚悟しなければならない。
 食料は三ヶ月分しか積み込んでいなかった。その三ヶ月分で、航海中の食料と目的地に着いてから現地で食料を手にするまでの期間、生活を賄わなければならないのである。それに積んできた食品の内、塩漬けの肉や魚類はそれほど長持ちはしない。食べ物が無くなると大切な種籾にも手を出さなければならなくなる。出来るだけ早く目的地について、住居を確保すると共に、食糧を入手しなければならなかった。同時に翌年のために開墾をして、春になると共に種まき植え付け終えてその年の収穫ができるようにしなければ生きては行けない。持参したわずかな食料の他、海や山からも食物は得られるが、食物はやはり保存がきく穀物が中心になる。
 山から得られる獣肉や山菜・果実、海から得られる魚介類は、いつも必ず手に入るというものではないと考えて置くべきであった。
 それと共に平行して準備しなければならないのは、様々な生産手段に必需の鉄の生産である。農具や武器に鉄は欠かせなかった。木の伐採、住居の建築、道具の作製に鉄はどうしても必要だった。ある程度の必需品は船に積み込んで持ってきているが、上陸してからのもっとも重要な仕事のひとつは鉱脈探しだった。

 平穏な航海が続けられていた。
 ある日、徐市の差し回しで使いが胡傑らの船に乗り込んできた。だんだん目的地が近づいてきたので胡傑の乗る船が先頭に立てという指令だった。徐市の船は二番手で追尾するという。航海においては出港よりも寄港の方がはるかに難しい。ましてこの航海は未知の国への上陸だった。徐市は胡傑とその仲間を信頼していた。それに総指揮者の自分が先頭に立てば、万一座礁でもした場合は船団指揮が執れなくなる心配もあった。そう考えて胡傑に先頭を命じたのである。それに上陸しようという時、現地人から侵略者と見られて攻撃を仕掛けられる危険もある。そのため、敵地に乗り込む先陣を努める意味もあったのである。
 胡傑は命じられて船団の先頭に立った。二番手に徐福の船が続く。呉徳ら一族の船が最後尾で続く。各船からの連絡で六十三隻が航行していることが分かっていた。全六十五隻のうち、二隻が沈没したが後は無事であった。しかしこれから先が一番難しかった。
まずどの時点潮流の本流から離れるかということがあった。離れる際の操船が難しく、技術を要した。その時の風向きによって大きく左右されるからである。たとえ離れようとした時点で風向きが逆であったとしても、その風に抗して漕ぎ手の人力で流れを横切らなくてはならない。海流から抜け出せなければあらぬ方向へ流されてしまう。船団が上陸しようとしている扶桑国の南海域はいつも波が荒いとも聞いていた。それは以前に上陸をしたという徐市の話だった。

 方向転換の水域は近いと見た胡傑は、あらかじめ帆を下ろしておくように命じていた。それでも潮流に乗った船はどんどん北東の方向に流されて行く。
 先頭の船の舳先で、水先案内人と共に空を見ていた胡傑は決断を下した。遙か上空を飛んでいる渡り鳥を見たからである。船団が行くのと同じ方向に飛んでいた鳥たちが、北東から北へと行く先を変えはじめたからである。それはここから北の方角に陸地があることを意味する。
 胡傑は水夫長の金治適(きんちてき)に航路を北に変えるよう命令した。黒い旗が振られ指示が次々と後から来る船に伝達されてゆく。
 秦国の軍団旗は黒色だった。黒は秦の象徴であり水をあらわす。周の国を滅ばした始皇帝の秦国は五行説では水徳の国だった。対して滅ぼされた周国は火徳の国である。いわゆる五行で言うところの「水剋火」で、水は火を剋するとし、周は滅びるべくして滅びたといえる。始皇帝はその行くところ全てで、黒地に龍の姿を染め抜いた旗を使用していた。当然、始皇帝の命で仙薬を求めて東海に向かう船団は、その全ての船にこの黒い国旗を掲げていた。勿論合図に使う小幡も同じものであった。徐市はそれをそのまま使っている。

 次々と後に続く船の進行方向が北に変えられてゆく。
 ここからが正念場だった。各船の漕ぎ手は、潮流から抜け出すため渾身の力で櫓を漕いでゆく。銅鐘を叩き、拍子を取りながら掛け声を上げ、力を合わせながら漕ぎ進む。しばらくは休みなしにこぎ続けた。
 海の色がわずかに変わり、黒潮の流れから抜けた船から順々に再び帆を揚げて北進する。逆風でない限り帆を操れば前進できる。帆走に移った時から漕ぎ手は休めることになるのである。六十三隻の船のなかには手間取っている船も多くあったが、なんとか全船が北へ航路を変えた。
 そこから北へ向かって航海は順調だったが、このあたりの波は荒い。
 上空を飛ぶ鳥が多くなり、また、海上にも海鳥が舞う。明らかに海の色も明るい色に変わっていて陸地が近いことを感じさせていた。
 「おーい、陸地が見えたぞーッ」帆柱に上っている見張り番が大声をあげた。

 水先案内に立つ金治適と、その補助役になる長老の丹渓(たんけい)が船上から陸地を見ながら上陸地点を探す。沖合を迂回しながら、接岸に適した入り江を見つけると、沖合には次に続く船を残し、先ずさきがけて入り江に進入していった。
 真っ先に行った胡傑らの船が接岸した。
 良好と見なした胡適は(大丈夫だ進入してもよし)との合図を出すように指示をする。
 次に続くのは航海将軍で総船団長の徐市らの船だった。

 胡傑をはじめ、朱虹(しゅこう)らが上陸して船内の荷物を陸揚げしていると向こうにバラバラと人影が見えた。と見るとにわかにこちらに向かって駆け出してくる。
「敵だ!戦闘用意!」胡傑は怒鳴った。
 全員が緊張し、男らは武器を取り出して身構えた。
 胡傑は剣を抜き、朱虹に下がるように手で合図を送る。葛洪(かつこう)は弓を構え、朱虹の従者の四人の若者たちも一斉に矢をつがえた。
 一方片手で胡傑は首船の徐市の船に、すぐ停船するよう合図を送らせる。
 その合図にもかかわらず、徐市の船はそのままぐんぐん進入してくる。陸上の向こうから迫る敵の一群はだんだんとこちらに迫る。
「待て、待てーッ」入ってきた船の舳先で男が叫んでいる。
 よく見ると徐市だった。
 間近まで敵が迫ってきた。十数人の人々だった。口々に何か叫びながら走り寄ってくる。見ると武器のようなものは誰も持ってはいない。
「待て、早まるな、味方だ!」舳先から徐市があらん限りの声をあげた。
 胡傑もその声で気付いた。陸地から駆け寄ってきたのは敵ではなさそうだ。各々が何やら叫んでいる。まさか!胡傑は驚いた。
「止(や)めい!射るな」胡傑も両手を広げて制止した。
 徐市の従者ら、一族の者達が船端から海に飛び込んんだ。そして次々と岸に泳ぎ着き、駆け寄ってきた人々と手を取り合って喜んでいる。胡傑とその仲間たちは何のことか分からず狐につままれたようだった。

 そのうち徐市の船も接岸した。まさかと思った意外なことが現実になった。胡傑には大体のことが解った。快哉!を叫びたかった。
 なんと、死んでしまったはずの先年の渡海者らが生き残っていた。それも一人ではないようだ。次から次から陸地の奥から駆け寄ってくる。
(やはりそうだったか。徐市は、はなからそのつもりだったんだ。)遭難しただの、大鮫に喰われただのと始皇帝に報告し、しこたま金銀や工人をねだり、あげくのはては、大勢の少年たちまで要求して、秦国を脱出し一族郎党を連れての大移民を企てていたんだな。それもかなりの人数を上陸させていたらしい。前二回の航海とも、それぞれ目的地に人々を運び、入植の準備を始めていたのだ。

「我が国の連中だ、昔の仲間が生きていたぞ!」口づてで、次から次へと上陸してきた皆んなにも伝わっていった。
 出迎えた先住の仲間達の長らしき者が徐市に向かって走り寄った。そして足もとに跪いた。
「徐市様、お待ちしておりました」
「おお、お前は陳昌(ちんしょう)ではないか、元気だったか」
 徐市は抱え上げるように抱きしめた。
「はいッ、元気ではありますが、長うございました」
 陳昌は顔をくしゃくしゃにして涙を溢れさせた。もうあとは声にならない。後の仲間達も涙を浮かべている。
「他の者達も皆元気か?」
 徐市は周りを見回した。
「はい、今ここに来ていない者もいますが、皆んな元気でございます」
 陳昌は徐市の憶えがある者達の名前をあげて、彼らが元気に働いている様子を説明した。話によればこの地の娘を娶った者もいて、中にはすでに子をもうけている者もいるという。初めは土地の人間から敵対されもしたが、今では助け合って暮らせるようになったという。
(そうだったな。初めて上陸した一回目は海賊だと思われて矢を射られたなあ)徐市は感慨もひとしおだった。
 そのうち、彼らも我等が掠奪をしに来た乱暴者ではないと知り、共存できるようになった。それから互いの民族に婚姻関係ができるようになったというのである。思いがけない嬉しい話だった。原住民の彼らは海や山での採集が主な糧であった。一部の食物は栽培していたが技術は未熟で生産力も弱かった。他に金属精錬の技術があることはあったが、これも技術というほどのものではなかった。いわゆる露天のたたらで、粗製鉄を得る程度だった。精錬技術はまだ未熟だったのである。

 先住の仲間たちは、この地に来るとまず耕地の開拓をした。持ってきた種籾で水利の良い所から稲を栽培し始めた。それと、海から得られる魚介と、山から得られる山菜や木の実が生きてゆくための食物となった。住居は初めのうち洞窟に住み、そして現地人の住まいを真似て竪穴に柱を立てて簡単な草葺きの住居を作り住み始めた。そのうち山から木を切り出して木造の住居がつくれるようになった。
村長陳昌の話では、金属採鉱が重要だと考えて奥地に鉱脈の探索に行きはじめているという。
 話を聞いて徐市は安心した。彼等が原住民と諍いを起こしていないか、食物は充足しているか、誰かが病気になってなっていないか、開拓は順調に進んでいるか等々、航海中から気になって仕方なかったからでる。
 徐市は、渡航してきた乗組員や工人、童男童女ら全員が上陸すると、主だった者たちを森の中の広場に集めた。もちろん先行居住の責任者も呼んでいる。

「皆よく聞いてくれ。すでにお前達も知っている通り、我等はここへ仙薬を取りに来たのではない。皆が豊かに暮らせる国を求めてここにたどり着いたのである。従ってもう秦国へは帰らないのだ」
 徐市はそこに集まった者達の顔をぐるりと見回しながら話しを続ける。
「ここがお前達の永住の土地、お前達の国になる。儂はここに国を作りたいと思う」
 徐市の周りに集まって地面に座り、聞き耳を立てていた者達の眼が輝きはじめた。
「住みよい国にするためには、まず、生きてゆくための食べ物を作らねばならん。次は雨風をしのぎ、家族を養うための家が要る。」
 みんなは一声も立てず聞き入っている。
「さて、ここからが大切なのじゃが…、理想の国作りをするためには誰もが協力し合うこと。揉め事をしていたのではだめなのじゃ。分かるであろう?」
 徐市は皆が頷くのを見てから続けて話す。
「そこでここに、お前達皆んながどうしても守らなければならんきまりを儂が作った」
 そう言って徐市は、次のような決め事を披露した。

 一、決して土人(くにびと)と争わないこと。
 一、他人のものを奪わないこと。盗まないこと。
 一、お互いに親しく交わり協力しあうこと。
 一、食料生産を第一として励むこと。
 一、勝手な行動をせず、村長と相談すること。

 徐市はこの五つの決め事を発表して遵守するように求めた。そして、秦の群県制(※)に倣った組織を築こうと考えた。それで初代の村長は、航海してきた各船の船長がその任に就くべしと言った。航海してきて無事上陸できたのが全部で六十三隻あるので六十三人の村長が誕生することになる。村長となる者の名を挙げた。また、八隻で一小船団を形成していたので、この船団長を里長とすることを決めた。この里長は八人できることになる。この里長らの名も発表した。
 徐市は言った。
「物事は成す場合、村長は里長に必ず報告相談すること。里長はこの徐市に相談来れば良い。さしあたっては私が郷長だ」
 そして徐市はこの決め事は全員必ず守るように言い、今ここに居ない者にはそれぞれの村長がこれを告げよと、重ねて申し渡した。そしてこの五つの約束事に沿わない要件については村長以上が相談で取り決めることにした。
 改めて村長に任命された元船長の一人が聞いた。
「徐市郷長殿、もし定めに違反する者が出たらどうするんですか」
「そんな者はいるはずはないが、そうだな違反者は追放だ。追放されては一人で生きていけないので、いっそ首でも刎ねてやるか」
「首切り役人は決めていませんが、誰がやるのですか」
 この元船長はまだ聞いている。
「心配するな、この儂が立派にその首を刎ねてやるよ」
 みんながどっと笑った。

※群県制を布く秦国では、郡の下に県、以下は郷-里-村(或いは亭)などとした組織だったようである。

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