真朱の姫神 第四部・黎明編
                                                                                  
 二、出航前夜

 出発まで一年の期間があった。外洋航海用の大型船の建造に時間がかかるからである。又これだけの大船団を整えるには様々な準備が必要だった。
 今回の船団は、一船団あたり八隻で第一から第八船団まであり、全部で六十四隻もの船数となる。一隻当り約五十人乗り込むので総人員は三千二百人にもなる。軍用船なら大型だと一隻当り百人以上も搭乗させるのだが、今回のような遠洋航海では食料や様々な資材を積んでいくので乗船できる人員は少なくなってしまう。それに最低限の武器も必要だった。また、この航海で問題なのは一年ある準備期間中に、少年達に船乗りとして役立つよう充分な訓練をしなければならないことであった。それに、大事なのはこの少年達にそれぞれ様々な工人としての基礎的な技術も修得させておく必要もあった。すべての船を無事目的地に到着させるというのは不可能に近いからである。
 少女達にも様々な技術修得の訓練を強いた。秦国は国中いたるところで土木建築工事がなされていた。想像を絶する大きさの新宮殿阿房宮、驪山(りざん)に建設中の始皇帝陵など、その建設に伴う家具や織物・布製品、金属製品、石材・陶磁器等々、様々な製品を作る技工職人が必要だったのである。多くの製品作りに手伝いとして従事させ、実地に技術を修得させた。始皇帝陵に陪葬する陶俑作りまでさせるなど、技術を覚えさせる仕事はいくらでもあった。

 一方、胡傑(こけつ)は三ヶ月後軍隊のほうにまわされた。さし当たっての職務は兵役に徴発された兵員の訓練教官だった。保留されていた胡傑の人事の件は、徐市(じょふつ)が直接皇帝に願い出て航海船団の乗組員にしてもらえるよう依願したのだが、朝廷軍の方が優先されるとして却下されていた。それで胡傑は長官に見込まれたとおり軍人として採用され、いずれ一つの軍団を任される将の一人としての道を歩み始めていたのである。
 秦国はいたるところで戦争をし、版図を拡大してきたので兵力を維持するのが大変だった。兵の消耗も激しく、絶えず補充しなければならなかった。そのため兵員の訓練・増強は国の最も大事な柱だった。しかしここに国としての矛盾があった。
 極限とも言える過酷な税を取り立てながら、一方で生産に必要な労働力を奪っていた。それは、全国の郡司・県令に命じて青壮年の男子を兵役や労働に徴発した為、著しく生産に従事する人員が不足していたからである。税を納めるどころか人民は彼ら自身が生きていくことだけでも精一杯の状況だったのである。違背すると極刑をもって処断された。始皇帝が治める秦国は、特に刑罰を強化して国を治める法家主義国家だったのである。
 農家では中心になる働き手が否応なしに兵役に引っ立てられた。幼子(おさなご)がいてもお構いなしだった。残された老人と、兵隊にとられた男の妻が農作業に従事することになる。それでも穀物など食料が残されている場合はまだ良かった。ひどい場合は作付け用の種籾まで収奪されることもあった。これでは農民は生きては行けない。
 もちろん農民だけではなかった。漁労民も働き手を取られれば今まで通りの生活はできなくなる。いたるところで人民は悲鳴を上げていた。国中に怨嗟の声が高まっていた。このような国は滅びればよい。その国の人民が、自国が滅びることを待望するような空気に充ち満ちていたのであった。
 特に長城修増築の土木工事現場は目を覆うほどの惨状だった。食料も満足に与えられず、大人数が粗末な小屋に雑魚寝させられ、睡眠もままならなかった。そのような状況下で過酷な労働を強いられ、人民は痩せ細り、病気になり、次々と死んでいた。死んだ者は谷底に投げ捨てられ、辺り一面に腐臭が漂っていたのである
 頑健な体を持ち、運良く労役を終えても故郷へ帰る道は遠かった。帰りの食料も与えられることはなく、すべて自前で調達しなければならなかった。故郷に連絡するすべもなく、また連絡に応えられる状況にもなかった。帰り道食料にありつけなかった多くの帰還者は無念にも道中で行き倒れた。
 そのような状況では、東海への航海乗組員に選出されて訓練を受けている方がはるかに良かったといえる。後のことはともかく、訓練中は食物の心配はなかったからである。

 いろいろなところで、選ばれた少年少女たちは訓練されていた。少年は、いざ船に搭乗するとその日から船乗りとして動けなければならなかった。各々の船に本職の船乗りは少人数しかいないからである。それで少年らは、まず船員としての最低の作業はできるように訓練される必要があった。そのほか職人としての手ほどきも搭乗予定の職人から基礎的な技術を習うことになっていた。
 少女たちは織物やその縫製、装飾品加工などの手作業をおのおの手分けして手伝えるよう練習させられた。

 さて、乗組員から外され軍隊に入れられた胡傑はその頃はどうしていたのだろう。
 彼は渭水北岸の城壁内の広場で、新入兵士の訓練をしていた。乗馬や騎射、剣や矛、盾の使い方などである。一対一の戦闘訓練までした。新入といっても若者も年配者もいる。寄せ集めだからである。中にはどう訓練しても身体の動きが悪く、臆病な者がいて兵士には不向きな者もいた。そういう者は労働に廻すしかなかった。工事現場で土を突き固める版築(はんちく)の作業など単調な仕事をやらせる。胡傑はその見極めもしていて、兵士にさせるのを見切った連中を気の毒にも思ったが、人によってはその方が長生きできる場合もある。

 訓練をほどこしている新入兵士のなかに、目立って成績の良い若者がいた。胡傑はその若者に目をつけた。
 兵士としての訓練を続けるうち、その若者と話す機会ができた。名は葛洪(かつこう)といい、西戎から来たのだという。この若者は弓が特に上手だった。それも騎射が巧みなのである。
 射程距離が長く殺傷力が強い弩(ど)は、強力だが騎乗しては使えない。その頃まで中国では戦争において将官は歩兵を従えて戦車に乗って戦っていたが、始皇帝は騎馬部隊を主力にした戦法に切り替えてきていた。
 騎馬軍団は、剣よりも主に槍や矛で戦うが、敵軍と遭遇していわゆる干戈を交えるまでは、先に弩を射かける。この弩という弓の一種は跪射する。強力で十分な殺傷力があるが、敵と距離が間近になれば、騎乗発射できる小形の弓の方が有利なのである。この矢だけでは致命傷までには至らせ得ないが戦闘能力は奪える。騎射には素早く正確に射る能力が求められる。一の矢を放ち二の矢、三の矢が次から次へと速く射れる方が良いことは言うまでもない。この葛洪という若者は特にその能力が優れているのである。馬上から次から次へと正確に矢を射ることができる技術は他に抜きん出たものがあった。騎馬兵として抜群だといえる。騎射に関しては教えることは何もなかった。胡傑は、弓に限らずすべての能力に勝っているこの若者を、いつか自分らの仲間に加えたいものだと思っていた。朱虹(しゅこう)や仲間と共に東へ旅を続けることをあきらめていなかったからである。
 いつか機会を見つけて、この軍隊から脱走しようと決めていた。

 またたく間に時が過ぎ、出航が一月後に迫っていた。
 朱虹は、意匠技工者として航海乗組員になってから、新宮殿阿房宮の内装調度品の製作に携わっていた。朱虹に限らず、技術を持った百工たちは、その持てる技巧を少年たちに教えながら阿房宮や驪山(りざん)陵の調度品を製作していたのだった。生産を伴った実地訓練である。教える側は、製品作りはせかされ、技術は教えなければならないはで、それは大変だった。出航までの時間は限られているからである。
 前例のないほど巨大な陵墓に倍葬する製品の製造も大変だった。もっともこれらすべては、別に多数の工人がその製作に従事していたが、航海乗組員も出発までの間は技術を習得する意味もかねて手伝わなければならなかった。
 兵馬の陶俑(とうよう)も大変な手数がかかった。中堅兵以上は、自分とそっくりの傭を作って納めさせられた。それは始皇帝が死んだあかつきに殉死者代わりに陵へ埋納される代品であった。これはいい加減な作品ではならず、忠実に本人に似せて製作しなければならなかった。たいてい本人の家族が丹精込めて作る。事情で家族が作れなければ陶工に依頼しても必ず作成して納めなければならなかったのである。この陶製人形は正確に作らなければならなかったので、作成期間中七日間は同居することが許された。その後兵役につくのでそれが最後の別れになることも多かったからである。妻帯者の武人は、その妻が泣きながら等身大の像を作った。独身者らは大抵は姉や妹、母親などの家族が涙にくれて作るのだった。当然ながら胡傑の陶俑も製作するように求められた。家族がいないので誰かが作らなければならない。胡傑が徴兵されていたので朱虹は丹渓(たんけい)に相談した。
「それは是非とも姫が作って差し上げてください」と丹渓はいう。それで朱虹は役人に、自分が作って納めると申し出たのである。
 
 航海船の搭乗者は、咸陽宮城壁内で集団訓練を受けていたのだが、陶俑の製作にあたり、朱虹は、役人に許可を受けると商人の呉徳から以前借りたことのある小部屋を借りて作業を始めようとした。朱虹が主に創るのは頭部の形成で、あとは咸陽宮内の工房へ行き、そこで予め様々に作られている胴体・手足から適当なものを選び、持ち帰って粘土で接合する。そして細部を形成して仕上げる。次に焼成・着色すると、必要に応じ武器をつけば完成である。

 朱虹は胡傑の陶俑を作り始めた。頭部を作るにはは特に時間がかかる。本人にそっくりでなければならないため顔は特に入念に形成する。髪型も同様である。そのため本人に来てもらうのである。
 胡傑は許可を得ると咸陽の軍営を出て、朱虹がいる呉徳の倉庫に来た。
「姫、ひさしぶりです」胡傑は入り口から大声をあげ大手を広げた。朱虹はその懐に飛び込んだ。
「ああ!胡傑、会いたかった」
 この名の方が気恥ずかしくなくて呼びやすかった。もう半年も会っていなかったのである。胡傑は逞しい腕で朱虹を抱きしめた。しばらく二人は感触を楽しむかのようにしていたが、胡傑からはっと気づいたように離れた。、朱虹は久しぶりに会った嬉しさに、もう少しの間抱きしめていてもらいたかった。
 今までそのように親しかった訳ではなかった。祖国では朱虹は王女であり、胡傑は一将士に過ぎなかった。すでに滅びてしまった故国で、胡傑(こけつ)の父は、朱虹(しゅこう)の父王に仕えた将軍だった。隣国との戦争で将軍は死に、敗走した王はその途上敵兵の矢を受けた傷が元で数年後亡くなった。
 男子のいない国王は生前、胡傑に期待し、将軍にして国を復興しようと考えていた。王女であった朱虹は、少女の頃から胡傑を兄のように慕ってはいた。父王が亡くなったあと特に頼りにするようになり、一緒に旅をするようになって、相手を男性として意識するようになっていたのかも知れなかった。
 二人だけの部屋で、お互いの近況を話しあった。

 しばらくしてから二人で陶俑の製作を始めた。仕事のはじめは、工房から持ってきた頭部の型に粘土を押しつけて成形してゆくのである。朱虹は胡傑の貌(かお)に近い基本の型を選んできていた。あらかた粘土をくっつけながら形を整えると、次からは目の前にいる当人の顔立ちに似せて造り込んでゆく。顔を仕上げている間は、胡傑は手伝えない。あっという間に一日は過ぎた。食事は呉徳の使用人らと一緒にとらせてもらった。夜はもちろん寝床は別である。朱虹は倉庫内の小部屋に、胡傑は倉庫の片隅で寝た。
 次の日も作業を続けた。頭部があらかたできあがると胴体、四肢とのと接合である。これも工房で選んだものを運び込んでいるのでそれを使う。頭部も胴体四肢も中空である。細部の仕上げはされていないので、これも粘土をつけて小刀で削りながら成形してゆくのである。仕上げ段階に何日もの時間がかかった。できるだけ本人に生き写しに仕上げなければならなかったからである。中でも顔を写すことに細心の注意を要した。慎重に少しずつ削り込んでゆく。髪型やその仕上げも本人とそっくりにするのである。髪は束ねて頭頂部右上に巻き上げて紐止めした髪型だ。櫛目を入れると髪の毛そのままの感じになる。ためつすがめつ本人を見ながら朱虹は俑を仕上げていった。胴体部分には衣服と鎧を着けた仕上げを施す。着色は焼成のあとでするが、本物と寸分違わないように造形はしておかなければならない。丁寧に作業を進めていくので想像以上に時間がかかった。もっとも朱虹には造形の芸術的才能があったから、妥協ができず普通以上に時間がかかったのかも知れなかった。
 許されている同居期間が最後となった夕方、俑の形成はできた。あとは官の工房に持ち込めば焼成してくれる。その後に着色して完成の予定となる。朱虹は焼成を見計らって工房に出向き、陶工には任せないで自らの手で彩色をするつもりだった。
 朱虹は、自分ながら見事にできたと思った。本当に胡傑に生き写しだと思う。胡傑も素晴らしい出来だと賞賛した。
 でも…と朱虹は思った。この仕事が終わると明日から胡傑と会えなくなる。今日が今生の分かれ目になるかも知れない、と不安感がつのってくる。(ああ、やっとできた)という喜びの反面、ずっとこの作業が続けば良いのになどとも思う。
 いつもと同じように食堂で呉徳の使用人らと共に夕食をとった。その後、朱虹は代価を払って葡萄酒を一瓶もらい、胡傑と倉庫に戻った。そして朱虹がつかっている小部屋に入り、粗末な敷物の上に座した。出してきた小さな器に葡萄酒を満たすと、
「胡傑に神のご加護がありますよう」朱虹が言った。
「姫に神のお導きがありますように」胡傑が返して言った。
 二人は一息に飲み干すと、目を見つめ合って微笑んだ。胡傑は二杯目をそれぞれの器に注いだ。小袋から出した干肉の小片を口に運びながら二人は飲んだ。朱虹がまだ少女だったときのこと、王や将軍が元気だった頃の話をした。戦争になるまではとても豊かで幸せな国だった。そこへ隣国が豊かな農産物を狙って攻め込んできたのだ。圧倒的な軍事力の差で祖国はもろくも敗れた。胡傑の父が率いる国軍は全滅したのである。
「胡傑、今夜が最後かもしれませんね」
「もう会えなくなるかと思うと、せつなくて…」朱虹は続けて言った。
「姫、そんなことはありません。必ずまた会えます」胡傑はかぶりを振る。
 朱虹は胡傑ににじり寄り、じっと見つめた。黒い大きな瞳にたちまち涙があふれ、頬を伝った。
「でも胡傑、あなたはいずれ戦地へやられて死んでしまうかも知れません。そんなあなたを残して私は東海に船出するのですよ。頼りにしていたあなたがいないと私は不安でなりません。本当は…本当に私は、胡傑と一緒でなければ船に乗りたくありません」
「姫、何を言い出すのです。東への旅は王の遺言ですよ。姫は我ら祖国の希望なのです」
 その姫がしっかりしてくれなくては、と胡傑は朱虹の手を握り、引き寄せると諭すようにがっちりとした両腕で抱きしめた。
「ああ、胡傑。胡傑…、私は別れるのがいや」
 朱虹が上気した頬を寄せてきた。そのまま体重をかけてきた朱虹が上になり、胡傑はそのまま後ろへ倒れ込んだ。朱虹は無言だった。胡傑はたじろいだ。ふと自分を失いそうに思えたからである。意外な肉感があった。黒髪から薫風が起(た)った。さわやかな果物の香りが女体から臭い立ち、長い間忘れていた胡傑の男性を思い出させた。
 それからの二人に言葉は無用だった。
 吐息とため息と、狂おしいまでの息づかいが小部屋に響いた。
 女は、女で生まれてきて良かったと思った。
 男は、改めて自分が男だったと思った。
 男は自分の強さに自信を深めた。
 女は相手を愛していたことに気づいて、ふと不安を持った。
 開(あ)けはなった小部屋の手前の土間で、窯に入れられる前の黄土色の陶俑が二人をじっと見つめていた。
 
 何度も愛し合った夜が明けた。別れの朝だった。
「胡傑、愛しているわ。死なないで」
「死にませんよ。必ず後を追って会いに行きます」
 軍隊を脱走して、どこまでも姫のいる航海仲間を追っていく。たぶん出航は烏江辺りからだろうがそれまでに追いつく。もしそれまでに追いつけなければ別に船を手当てしてでも、海路で東へ向かいきっと合流する。というように胡傑は決意を話した。
「絶対に追いつく。約束します」胡傑は誓った。
「きっとよ。絶対よ、胡傑。いつまでも待っているわ!」
 朱虹は愛してしまった男が見えなくなるまで見送った。

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