真朱の姫神 第四部・黎明編
                                                                                  
 一、秦の都咸陽

 風が舞った。街路に塵や埃が踊る。雑踏の街中には糞尿臭が風とともに漂っていた。馬や駱駝(らくだ)、驢馬(ろば)などの脱糞尿が路面に散らされているからである。
 あわただしく人馬が行き交うその街中を、西域からの旅行者であろうか大通りを東に向う少人数の群れがあった。女らしき主人とその従者達らしい。らしいというのは、汚れた胡服に、顔も垢と埃で真っ黒になっていたからであり、また先を行く男が時々後をふり返り、気遣うようなしぐさから主従のように見えるのであった。
 先頭は、逞しい赤毛の馬に乗っている精悍な面構えの男である。従者らの頭(かしら)であろう。その後を同じような馬に乗っている女主人は、頭から布をかぶり、顔はよく見えないがかなり若い。その主人に従うように、すぐ後で馬を歩ませているのもまだ若い女性のようだ。この馬はかなり小さいので騾馬(らば)である。その次には少し離れて、若い男たちが四人で一つの唐櫃のようなものを担いでいる。それには彼らの生活用具が入っているのであろう。野宿をする為の天幕などが入っているのかも知れない。それにしても汚れた粗末な木箱であった。長旅で疲れているのであろうか箱を担ぐ男達の足取りは重い。一番後ろで時々後方を振り返りながら用心深くついて行くのは駱駝に跨った男であった。動作やその姿から老人のように見受けられる。
 先頭の頭らしい男が女主人をふり返り見て言った。
「姫、やっと咸陽につきましたよ」 
 姫と呼ばれた若い主人は、少し白い歯をみせてとその男の顔を見た。その顔には、さて、こらからどうしましょう?というような表情があった。男が女主人の方に馬を寄せると、
「今日はどこかに宿を借りましょう、野宿ばかりで皆も疲れが溜まっています」男が言うと、若い女主人は笑顔を見せて頷いた。

 一行は都の中心部に程近い住宅地に宿を求めた。
 始皇帝は各地から富豪を、強制的に咸陽に移住させていた。都作りの一環である。そうして移住させられてきた富豪屋敷の内の一軒に交渉して、宿として倉庫の一部を借りた。女性二人には小部屋を借りることができた。
 代金は金の小片で相当分を支払った。刀銭や四角い穴のあいた円銭が通用し始めていたので、それで支払おうとしたのだが、金(きん)で代価を求められたからである。一行は旅の出立にあたり、道中の費用として金(きん)をできるだけ小片にして持参していたのである。
 始皇帝は全国を統一してから、矢継ぎ早に様々な政策を実行していた。度量衡の制定、文字、貨幣の統一などである。道路建設も鋭意進められた。  
 咸陽の宮殿は渭水の北岸にあったが、新宮殿となる阿房宮をこの渭水の南岸に造営中で、北岸から南岸へは石造の橋で繋ぐ計画である。各地を大道で結び、すべてこの咸陽の都に通じる道路網も計画通り進行中であった。 
 その日、一行八人は久しぶりに屋根の下で食事ができた。倉庫内にあった作業台を食卓代わりにして、姫を正面に精悍な頭の男が右に、左に老人が着座した。他には姫の侍女と従者の若者四人が揃って全員で八人になる。
「みんなご苦労でした。ここに少しばかりの葡萄酒があるので、まず乾杯しましょう」一人一人の顔を見ながら姫が微笑んで言った。
 それぞれが手持ちの器に、侍女が葡萄酒を注ぐと皆で道中の無事を神に感謝して飲み干した。食事はナーンと干し肉、そして乾燥イチジクの実であった。
 簡単な食事が終わると、
「今夜はゆっくりと休んでください。明日からまた東に向って行きたいと思います」
 姫が侍女と小部屋に引き上げると、頭(かしら)が立ち上がって言った。
「そうだ、お前たちに咸陽の酒を飲ませてやろう。出かけよう、まだ寝るのは早い。飲んだ後でぐっすり眠ればよい」そう言ってから、すぐ気付いたように続けて言った。
「心配するな、姫から許しが出ている」そう言って頭は若者達を連れ、外へ出かけた。
 まだ外は明るかった。咸陽の市街地にある酒肆(しゅし)に入った。
 店内は薄暗く油灯が点されていた。若い娘が近寄って来てそれぞれに陶器の酒杯を渡す。別の女が抱えた壺から酒を注ぐ。
 頭(かしら)は五人分の代金を円銭で支払った。
 灯りでよく見ると、酒は薄い緑色をしていた。馥郁とした香りを放ち、口に含んでみるとコクのある旨さだった。頭はその酒をぐっと飲み込んだ。
 
 その酒場で従者の一人が胡姫から噂話を聞いて来た。それは、始皇帝が東の海へ仙薬を求めて航海をするという話だった。その酒場には朝廷の官吏や将士、それに商人らが多く遊びに来ていた。おそらくその役人筋からもれ伝わった話だろう。咸陽にはアラム語を話せる者が多くいた。西域から交易に来ている隊商たちは主にこの言葉を使う。酒場で「胡姫(こき)」と呼ばれ、客の相手をする娘たちや踊り子たちもこの言葉を話す。アラム語はシルクロードの共通語なのであった。酒場の女達は西域の出身者が多いが、彼女らはこの都のある秦国の言葉もいつの間にか話せるようになっていた。
 従者から話を聞いた頭は、宿に帰るとすぐその聞いた内容を姫に報告した。興味深い話だった。もし、うまくその船団に乗り込めるようなら願っても無い機会だと思ったからである。
「私は、その船に皆と一緒に乗って早く東の国に行きたい。あなたはどう思いますか。」姫は言った。
「姫、わたくしも今それを考えていました」頭の男はすぐに頷いた。
「父王の遺言では、遺骨を担いで東へ東へと旅をし、海を越えさらに東へと行きなさい。東海の向こうには素晴らしい土地がある。その国は我らが元つ国とでもいう遠い先祖の祖国であると言っていました」
「姫、行きましょう。そのためにここまで来たのですから」
「では、すぐにこの話にあたってください」
 とにかく二・三日逗留を伸ばして調べてみようということになった。
 翌早朝、頭(かしら)は滞在を伸ばしてもらえるように交渉するため、屋敷の主人に会いに行った。出てきた屋敷の主(あるじ)は、色が浅黒く目の大きい小太りの男で、一目で西域の出であることが知れた。
 頭の男は、はっきりと自分の名を名乗った。
「私はサルトと申す者です。アカリと申します女主人と、その従者ら八人で東に向かう旅の途中です。」
「私は交易を仕事としているムーサです。この国では呉徳(ごとく)と名乗っています」相手も正しく名乗ってくれたようであった。
 サルトは、もうしばらくこの屋敷にとどまらせて頂けないだろうかと率直に頼み込んだ。
 大商人らしい屋敷の主は五十年配で、気さくな人物らしく、気のすむまで居れば良いと了解してくれたが、代金は前払いしろという。サルトは三日分をまとめて支払った。
「ところで、逗留を伸ばしたいというのはどうしてかね。昨日は一晩だけと言っておられたようだが?」呉徳が尋ねた。
「はい確かに昨日はそのようにお願いしてお世話になったのですが、朝廷で今人集めをしているという耳寄りな話を聞いたので、調べてみようと思ったからです」
「そうですか、私は仕事の関わりで政庁に出入りしているので、知っていることがあるかも知れないよ」呉徳はサルトに好意をもったのか笑顔で言った。
「実はお尋ねしたいことがございます。昨晩、酒場で耳にしたのですが、皇帝が東海に仙薬探しの旅に出られるとのこと。それでその乗組員をもとめていると聞いたのですが本当でしょうか」
「その話は本当ですよ、それは私も知っている。しかし、航海に乗り出すのは徐市(じょふつ)という方士だ。徐福と名乗ることもある中々の人物なのだが、二度も失敗をしているので、次も失敗をすると命が危ないといわれている」
 商人の呉徳は、応募するのはやめた方が良いのではないかと忠告しながらも、政庁へ行けば分かると教えてくれた。また親切にも、正門で衛兵に咎められたら、私の名前を出すと良い、きっと入れてくれるよとまで言った。
 サルトは、このことをアカリ姫に報告した。
「それではサルト、ご苦労ですがイブラと一緒に政庁に行って詳しく聞いてきてくれますか」
 サルトはアカリ姫の言葉に従い、長老のイブラと共に、政庁へ行った。もちろん新宮殿となる阿房宮は工事中なので、渭水北岸にある旧宮殿咸陽宮の方である。城門入り口で呉徳の紹介だというと、すぐ中へ通してくれた。政庁は城門を入ってすぐのところにあった。
 庁舎正面には、三神山探査船乗組員の応募の要件が、木板に書き出されてあった。小篆である。イブラはこの国の文字も分かる。
「令名男子若振女百工求之」とあり、その詳細が書き出されていた。
 詳細をみると、成人に満たない良家の男女三千人と様々な技術を持った職人を多数求めているというのであった。
 掲出されている内容を、イブラから聞いてサルトは考えた。
 我ら一行八人全員が行けるだろうか。技に巧みな工人と童男女≠セと?。ふーむ、まず姫だが、姫は敷物や衣服の意匠が考案できる。俺は武人として船団護衛の責任者にはなれないだろうか。姫の侍女は織物や養蚕の知識がある。若者四人はそれぞれ士族の子弟であったので武術や弓矢の心得くらいはある。これらの若者は問題あるまい。いずれも成人になってはいないし、健康な少年たちだ。もし、問題になるとすれば、良家
(※)の子女であるとする証明ができるかどうかだな。しかし、それも心配はいらないだろう。祖国では彼らの誰もが事実良家の子女であったことだし、少し話せば分かってもらえるだろう。担当官吏からみて、彼らより俺の方が受かることが難しいかも知れないな。そうだ、それよりもイブラ長老の方が問題だ。なにしろ年を召している。サルトはいろいろ考えたが、当ってみるしかあるまいと思いながら担当官吏室へ入っていった。
 入口では腰に手挟んできた剣を預けさせられた。担当官吏に名を名乗り、航海の乗組員になりたい旨を伝えた。サルトは秦の言葉はまだ不自由なのでアラム語を交えて話した。官吏はアラム語も堪能だった。何処でこの募集を知ったのかと尋ねられ、商人の呉徳に聞いたといった。官吏は彼を知っていた。呉徳は信用があるようだった。話が以外に早く進み、十日後、徐市船団長が来ることになっているので、他の者も連れて一緒に来いという。その時に適材か吟味しようというのであった。「但し…」と官吏は言った。
「応募は秦国人に限る。全員この国の名を付けて来い」と言葉を付け足した。
 二人は宿に戻るとアカリに報告した。そして皆を集めて相談し、それぞれに秦国風の名を付けた。そして、これからはこの国でいる間中、必ず決めたその名で呼び合おうと決め、その日から実行した。
はじめのうちは、新しい呼び名に戸惑いもあったが、呼び合っているうちに慣れた。綽名である。愛称と思えばよかった。
 十日後、八人全員で政庁に行った。一見して乗組員になることが希望らしい応募の人々がいたが想像していたほど多いわけではなかった。集まってきている人たちの話では、未成年の童男童女はすでに集めてしまっているらしいという。始皇帝は郡・県の令史に命じて半ば強制的に人数を割り当てて、良家から子女を動員させたようである。
(次ぎの航海もきっと失敗するに違いない)というのがもっぱらの噂だった。前二回の航海もそのすべてが失敗で、命からがら逃げ帰ったのは徐市のほか僅かの人間だけだったという。天は嵐を呼び、海中には大鮫がいて今度は全員生きては帰れないだろう。もし運良く生きて帰ってきても失敗の責任で殺される。巷間このように噂されており、技工たちも敬遠して指名されないように願っているという。そのような訳なので自分のほうから志願するのは少ないのだろうと想像できた。しかし、少年達の中には進んで志願してきた者も少なからずいたという。
 程なく順番が回ってきて呼ばれ、部屋に八人で入った。
 正面奥に年配のふくよかな男が胡牀(こしょう)に着座していた。手前には昨日に会った担当官吏がいた。他には事務役人と衛兵が二人である。事務役人が名を名乗れという。
「私は胡傑(こけつ)と申します。左にいますは手前どもの主人・朱虹(しゅこう)、その横は侍女の小蘭(しゃおらん)、次にいますのは執事をしていました丹渓(たんけい)と申す者。あとは従者の若者四人でございます」
 胡傑は自分で名乗り、そして同行者を紹介した。政庁の担当官吏は一人一人に質問をした。年齢は何歳か?、何処から来たか?、どのような仕事ができるか?。質問はこの三点だけである。他のことは何一つ質問されなかった。担当官吏には彼等がこの国の人間でないことは、たどたどしい言葉やその風体からもとより知れている。
 何故応募したのかというようなことなども一切聞かれなかった。その質問三点だけで、その受け答えや所作から人物を判断し、合否を決めているようだった。おそらく一方的に配置や仕事を決めるつもりだろう。胡傑は朱虹と相談して、予め質問を想定し、その受け答えを若者達に教えていたのだが、その必要はなかった。
 合否の決定にさほど時間は掛からなかった。若者四人と侍女はすんなりと合格だった。誰もが特別な技術は持っていなかったが、なにしろ皆若かったし、質問に対する受け答えや、立ち居振る舞いからまずは良家の育ちであろうと判断されたからである。
担当官吏は聞こえるように独り言を言った。
「十五歳以下位が望ましいのだが、ま、いいとするか、それぞれ健康そうだし、皆いい若者たちだ」
 朱虹(しゅこう)の場合は二十歳を過ぎていたので年齢に問題があったが、絨毯や衣服の意匠考案能力が認められ合格となれた。
 若者たちは合格だったが、やはり危惧していた通り、問題は胡傑と丹渓(たんけい)にあった。胡傑は、技術者としての能力は持ち合わせていなかったが、有能な武人だった。
「胡傑とか申したな。先ほど西域から来たといったな。西戎(せいじゅう)の国で武官でもしていたのではないか?どうだ、図星だろう」胡傑はこれには肯定も否定もしない。官吏は胡傑をねめつけるように見た。
「強そうな男だな、お前は船に乗らなくて良い。体つきが気に入った。我が軍の将士として採用しよう。」
 官吏は一方的に申しつけた。彼らは西域の国々をおしなべて見下しては「西戎」というのであった。しかし、実際は秦国も西域から勃興してきた国である。
「長官殿、私もどうか船に乗せてください。船にも武人は要るのではないでしょうか。私は弓も使えます。」官位や官名が分からないので胡傑は相手を長官と呼んだ。
「だめだ。射手はすでに充足している。それにお前は軍隊の指揮官をさせた方が良いとみた」今まで一言も発せず黙って聞いていた奥の年配の男がそこで言った。
「陳長官、いいではないですか。乗組員で応募してきた男でしょう。船の護衛として雇っておいてくれないか」
「いや、この男は我が軍に欲しい、こればかりは徐市(じょふつ)船団長のお言葉でもだめです。皇帝陛下からいい武人がいれば優先して我が軍に入れよ、と仰せつかっています」
「私の方から陛下に直接お願いするので、決定を保留してください」
 長官はいまいましい奴、と言わんばかの表情を一瞬浮かべたが仕方なしに了解した。しかしその顔つきには(たかが一介の方士風情が生意気な)といっているようであった。次は丹渓が吟味される番だった。皆と同じように、年齢はと聞かれて、「六十になったばかりでございます」と答えると、
「お前もだめだ。実際は六十半ばだろう。船には乗せられない。」と長官は言って、
「何か特別な技術でもないことには、の?」と続けた。
「長官様、私は歴(れき)の知識があります。星を観て暦(こよみ)が読めます。また、水先案内の経験はありませんが夜も昼も方位が分かります」
「すでにその職は揃っている。お前も船には乗せられん」
「しばし待たれよ!」奥に着座の徐市が大声を出した。
「長官殿、その老人は必要だ。採用しなさい。」と続けていった。
 今度は後には引かないような口調だった。長官は、むっとした表情で徐市の方に向き直った。
「長官、私は皇帝からこの航海に関しては全権委任されている。つまり採用権もあるということだ。あなたが反対することはなかろう」
 徐市は毅然と言い放った。長官は不満そうな表情をしたが、言われてみれば徐市は総船団長である。遠征将軍のようなものだ。引き下がるしかなかった。
 その日も応募者はあまりなかった。秦国は今、国つくりの真最中で殆んどの人々が動員され、食糧生産にも支障をきたすような有様だったから無理もない。乗組員はなかなか集まらなかったが、実は徐市(じょふつ)はそれで良かった。応募人員が少なければ自分の一族の採用を増やすことができる。しかし自分に繋がる者が多すぎると不審に思われるので、適当に他の氏族も入れておく必要があった。このことが胡傑(こけつ)一行に幸いしたのである。
 乗組員の募集を始めてから、それでもひと月で必要な人員が集まった。ほとんど死にに行くようなものだと敬遠するものが多い一方で、この秦国の様に、非情で過酷な税を取り立てる暴君が治める国に居るより、いっそ殺されてもいいから他国に逃れたほうが良いと考える者らも存在したからである。

※良家とは、『史記』「李将軍列伝 第四十九」小川環樹・今鷹真・福島吉彦 訳/岩波書店の注釈によれば、「医者・巫および商売人・工人でないものを良家とする説と、志願兵をいうとする説とある」と記されている。

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