真朱の姫神 第一部現代編
                                                                                    
 八、丹波国
 
 空は美しく晴れ渡り絶好のドライブ日和であった。二人は出雲神社へ行こうと約束していたのである。
 往きは佳与が運転するというので井角は助手席に座ったが、全く不安を感じなかった。運転がとてもうまいからである。
 佳与は高校時代は、陸上部の選手だったとかで、ゴルフも仲々のものであった。一緒にコースを回った訳ではなかったが、何回か練習場へは行ったことがある。スゥイングは豪快で、女らしからぬ打球を飛ばす。聞いてみるとスコアは井角と同じくらいだったが、運動神経が良さそうであったので、少し練習すればすぐに井角を追い越してしまいそうに思われた。

 今日の行く先は亀岡で、「出雲神社」といっても、いわゆる「出雲さん」といわれている島根県の「出雲大社(いずもおおやしろ)」ではなく、京都府亀岡市にある「出雲大神宮(いずもだいじんぐう)」へ行くのである。
 遠出するのは今年の五月に天川村へ行って以来半年ぶりである。東大阪から高速道路にはいると、助手席の井角はデッキにカセットテープを入れた。
「佳与さん!この歌、何か分かる?」井角は開けていた左の窓を閉めると聞いた
「これ、あなたの声じゃないの?」少し時間をおいて佳与が答えた。
「あっ分かった。去年、十津川でもらったテープでしょ」
 前方には大型トラックがディーゼルエンジンの黒煙を上げて走っている。それを見て佳与は方向指示器を点滅させ、右の車線に出ると一気に加速して、そのトラックを抜き去った。
「アタリ!」井角は大きな声を出した。そして、でも当たりは半分、と付け加えた。
「ああ!びっくりした。・・・当たり半分とはどういう意味?」
 ・・・いずれ又、来るや都に・・・歌が続いている。
「分からないかなあ、これは僕が吹き込んだ僕の声なんだ」
「えっ、こんな難しい歌、歌えるようになったの」
「うん、実はねぇ、去年あのテープをもらってから、そのまま引出しに入れて忘れてしまっていてね。この前、ふと見つけて聞いてみたら興味が出て、少し練習するとすぐ歌えるようになったので、改めて僕の声で録音したんだよ」
「それにしても上手(うま)いじゃないの」
 めったに褒めない佳与が言った。
「自分でも不思議なんだけれど、あの時のテープと聞き比べると、ほんとに声までそっくりなんだ。びっくりしたよ」
「本当に不思議ねェ。やっぱりあなたの歌だったのかしら」
 佳与は流れてくる歌声に耳を傾けた。
 長い歌である。結局二人はくり返し三回もその歌を聞いた。
「この歌の中の『桜の花の君』とは誰のことなの?」
「僕は神功皇后のことだと思っているんだがね」
 井角は、神功皇后が秘儀を行ったと伝承される波宝神社が若桜宮(わかざくらのみや)と云われていたこと、そして今もそこの神紋は「桜花」であること、神功皇后が建設した磐余(いわれ)の都は、やはり「若桜宮」と呼ばれたことなど、皇后と桜との関わりを説明した。
「でも『君(きみ)』とは天皇のことでしょう?」
「それが、ある風土記では息長帯比売(おきながたらしひめ)天皇の表現があって、天皇だったかもしれないんだよ」
「それにしても不思議な歌ね。まるで預言歌みたい」
「いや、まさに預言歌だと思うな」
「だったらこの歌の意味をどう解くの」
「きたる二十一世紀には、いにしえの都、奈良にもう一度遷都される日がくるということだ」
「私は次の二十一世紀に、神が来(きた)るという預言だと思うわ」
 話をしているうち、池田の料金所まで来た。阪神高速空港線の終点である。

 そこからは、地道を走った。三二七号線で亀岡市内に入り、穴太(あなお)を通りJR亀岡駅を左手に見て、踏切を渡ると保津川に出る。この橋のたもとが有名な「保津川下り」の出発点で、下流の嵐山は先年、二人がけんかをしてしまったところである。
 ○穴太は鉄穴(かなな)、つまり採鉱穴のことで近畿にはこの地名が多くある。近江坂本の穴太(あなお)、天理石上の穴穂(あなほ)、吉野の穴生(あのう)、大和桜井の穴師(あなし)など、金(きがね)・銀(しろがね)・銅(あかがね)・鉄(くろがね)・丹(に)の産地を意味する地名である。

 付近の紅葉は鮮やかであった。井角は助手席で地図をみては、先程から外をきょろきょろと見廻していた。
「イズモダイジングウは何処ですか?」佳与は、地元の主婦らしい人に、車を停めて窓を開けると道をたずねた。しばらく聞いていたが、礼を言って車を走らせると
「もう分かったからネ、見てもらわなくていいわ。」
 佳代は、ふん役立たずネッと言わんばかりに、井角から地図を邪険に取り上げた。

 佳与が出雲大神宮の駐車場に車を入れると、境内のもみじは、真朱(まっか)にもえるようであった。
 手水舎で手を洗い、口をすすいで拝殿へ向かう。さすがに名神大社である。神さびた雰囲気は、歴史の重みを感じさせるものがあった。社務所でもらった由緒書に、祭神は大国主命(おおくにぬしのみこと)、三穂津姫(みほつひめ)二座とある。図書館で調べた神社名鑑である程度の前知識があったが、島根県の「出雲大社」とのかかわりが知りたかった。

 拝礼をすませたあと、休憩所でパンフレットの由緒を読んだ。その後、拝殿前で佳与と写真を撮ろうかと思っていると、社務所の方から歩いてきた宮司さんらしい人が、
「写真、撮りましょうか」 
「あ、すみません。お願いします」
 拝殿前の鳥居をバックに、シャッターを押してもらった。もう一枚と思っていると
「もう一枚撮りますよ」と、今度は縦のアングルでシャッターを押してくれた。
「ありがとうございます。」
「いえ。もっとこちらの、この辺で、もみじの赤をバックに撮るといいですよ」
 こういって、さらにもう一枚撮ってくれた。
「本当に、ご親切にありがとうございます。宮司さんに撮って頂けるなんて、記念になります。とても光栄です。」 
 二人は丁重に礼を言った。
 宮司は、拝殿の左手にある建物へ入って行く。 

 手水舎の横手には「真名井(まない)の名水」と書いてあって、小柄な白髪(はくはつ)の老人が、小さな女の子に、竹の樋からはじけ出る水を汲んでやっている。丁度水筒が空になっていたので井角もその後に並んだ。
「私は、自分で汲めますので」
 自分の番になった井角は、そう言って水筒に水を入れていると、かたわらの老人が、
「ようお越し、吉野の人ですな」と言う。
 吉野生まれなのでうなずくと、親しそうに何かと話かけ境内を案内してくれた。御神木の説明をしてくれた後、
「ちょっとお茶でも入れますよってに」 と、先ほどの宮司が入っていった向こうの建物を指さした。

 老人のうしろから二人でついて行くと、前から宮司が歩いて来て老人に頭を下げ、私達にも会釈をしてすれ違った。 
 中に入るとそこは神職の居間のような感じで中央に大きな座敷机がある。 
 老人がポットの茶を入れてくれた。
「私は井角といいます。こちらは埴生です」 
「私はタニワといいましてな、丹波と同じ字を書きますのじゃ」
「昔からここの社家の一人でしてな、それでこんなとこへも自由に出入させてもろとるんですわ」
 井角は名乗り老人も又、名乗るほどのものではないが、と言いながらも名乗ってくれた。
 前から知りたかった「スサノオ」と「オオクニヌシ」のことを、井角は尋ねてみた。
 イザナギの生んだ三貴子、天照大御神(あまてらすおおみかみ)と月読命(つくよみのみこと)と須佐之男命(すさのおのみこと)の内のスサノオであり、大国主命はスサノオの子とされている(正確に言えば記紀では娘婿または六世の孫となる)/記は古事記、紀は日本書紀の略/
「大国主さまは、須佐之男命の子やないで」
 丹波翁(たにわのおきな)は言い、およそ次のような話をしてくれた。

 この日本列島には古代より五種の部族がいた。
 一番初めからいたのが「熊」を先祖として崇める部族。次に来たのが「狼」または犬を先祖として崇める部族でこれは中国北方から渡ってきた。
 三番目は「太陽」を信仰し、蛇を守護神とする部族が南洋から来た。四番目に来たのが「龍」を先祖と崇拝する部族で大陸から朝鮮半島を経由して渡来した。
 五番目は「星の人」で遠い星の世界からやって来た種族で、世界中に居て「牛」や「魚」を尊崇していたはずだという。
 そしてオオクニヌシはこの日本の先住部族の長(おさ)で、スサノオ系の渡来族とは違うと言うのである。

 また「出雲大社」と「出雲大神宮」の関係は、亀岡の出雲大神宮の方が「元出雲(もといずも)」と云われてその創建は古く、「イツモ族の元宮」だそうである。 
 そしてこのイツモ族は元々、吉野・熊野山系の山の民で大己貴(おおなむち)神(大名持(おおなもち)とも云い大国主の別名)を奉斎していた部族だが、その一派が吉野から丹波地方へ移住してきたとも言う。

 それから次に翁は佳与と井角を見て、
「ところであなた方二人のことじゃが・・・」と切り出した。
 丹波翁(たにわのおきな)のいうところによると、佳与と井角は過去世で三度逢っており、二度は愛人関係で、古代ヤマトと中国の西安で逢い、あとの一度は飛鳥時代の吉野で父娘であったという。又、来世にもう一度逢うことになっていると云うのである。
「だんだんに解ってくるはずじゃ。次の二十一世紀に、あなた方に役割がある。それだけではないですぞ、来世の役割もすでに決まっていると神は云われる」  
「役割とは何なんですか?」佳与が聞く。
「立替(たてかえ)えじゃ。今にわかる。まず日本から、そして世界じゃ」
 二人はびっくりして、他にもいろいろ聞いてみたが、
「今にわかる・・ 今にわかる」といって、それ以上は決して教えてくれず、翁は奥に消えていった。

目次へ 次頁へ