真朱の姫神 第二部・飛鳥編
                                                                                  
 七、白銀岳

 吉野宮での宴の翌日、五月六日早朝、六人の皇子は揃って天皇(すめらみこと)に拝礼した。
「今日、お前達と共に庭で誓って、千歳の後まで争いを無くしたいと思う」と大海人天皇は言った。
 吉野宮に設えられた天照大神の神殿前で、文武官を従えた大海人天皇と菟野皇后は、六人の皇子たちに、互いに同母兄弟のように助け合い、争わないことを盟約させた。
 その後、草壁皇子を残して他の皇子達はそれぞれの側近や付き人を引き連れ、吉野宮を後にして吉野川の北岸東方にある那珂宮へ遷っていった。それぞれ部下の慰撫をする宴をすることにしていたからだ。
 一方、後に残った草壁は、父の大海人、母の菟野、吉野真人井角乗(よしののまひといのかくじょう)、鴨役公小角(かものえのきみおづぬ)、藤原不比等ら六人と、わずかな衛兵と共に銀峯山へ向かっていた。吉野・丹生族との秘儀式をするためであった。古来、政権を担う大王は吉野の主(あるじ)ともいうべき丹生族の協力が不可欠だったからである。吉野は大和朝廷の聖域であった。
 その山は白銀岳とも言われ、黄金岳の金峯山、銅岳の櫃ケ岳と共に、金・銀・銅の吉野三山を形成していた。そこには神功皇后ゆかりの、若桜宮ともいわれる小竹宮があり、丹生の元宮で丹生大明神が祀られている。
 桃花里(つきのさと)から南の、この辺り一帯は丹生一族の本貫の地で、大海人にとっては青年期を過ごした最も思いでの深い土地でもあった。
 歩きながら大海人は思い出していた。遠い昔、まだ若き額田女王に初めて逢った頃の事である。

  真金吹く丹生の真朱(まそお)の色に出て言わなくのみぞ吾が恋うらくは

 恋をした大海人が、そのとき額田女王に贈った歌まではっきりと思いだした。
 井角や小角と山野を跋渉したのもこの里であった。もともとこの辺りの丹生の里一帯が、いにしえよりヨシヌ、ヨシノと呼ばれていたところである。また、天智天皇との確執から今の皇后・菟野と共に、追討の手を逃れて落ち延びてきたのもこの吉野の地であった。

  み吉野の御金(みかね)の嶽に間なくぞ 雨は降るとふ 時じくそ雪は降るとふ その雨の間なきが如(ごと) その雪の時じきが如(ごと) 間もおちず我はそ恋ふる 妹がただかに

 この歌もその時、大海人が詠んだ歌である。「御金の嶽」とは吉野三山のひとつ、黄金岳のことであることは言うまでもない。
 他に金峯山といわれている山があるが、これは、大海人の意を受けた役君小角が、祈り出した蔵王権現をまつる金峯山寺や、金峯神社にこの金峯の名を用い、この大峰一帯を金峯山と呼ばせるようにしたのである。これは大海人の政策であった。

 今歩いているこの道は、その時と同じ道であった。大海人は歩きながらその時の辛く悔しい気持ちを思いだし涙がにじんだ。きっと菟野も同じ思いで歩いているに違いないと大海人は思った。
 額に汗をにじませながら、それぞれの思いを胸に一行は吉野宮から秋つ野を経て、紀伊路を南へ向かって歩いていた。青々とした木々の間から、夏の日差しが時々差し込んでくる。上を見上げるともう日はかなり高くなっていた。
 そのあたりは丹の生産を生業(なりわい)とする丹生一族の本拠地であった。集落のところどころから煙が立ち上っている。製炭と精錬が行われているからだった。
 時々行き交う里人は大海人の一行に道を譲り、道ばたで平伏する。里長からすでに聞いていると思われた。井角や小角はもともと里人にも顔なじみである。
 樺の木峠の三叉路を右に上っていくと金山寺、波比売神社、占星台のある黄金岳山頂への道。まっすぐ行くと古田の里を経て宇智の郡へ続くが、今日は左の道を取り尾根伝いに白銀岳へと向かう。

 その尾根伝いの道は比較的緩やかであった。木々の間から見える西の方角には、眼下に古田の里、その向こうには宇智の郡、遠方には葛木の山々が連なっていた。
 尾根に沿った道を南へ向かって行くと前方にひときわ高く、二つの重なった山塊が見えてきた。手前が白銀岳、その向こうが銅岳である。しばらく行くと前方に広場が現れ、その左側に朱色の大きな鳥居があった。その鳥居の奥には、うっそうとした樹木に囲まれた参道が急斜面に沿ってうねりながら山頂に向かって続いている。
 一行はそこで一息つくと、その鳥居をくぐり頂上に向かって上っていった。
 あえぎながら山頂にたどり着くと、そこが若桜宮とも呼ばれていた銀峯山丹生、小竹宮(しぬのみや)だった。
そこは天に開けた広場となっていて、山頂に大きな樹木はほとんどなく、北の端が一段高くなっていて、そこに南向きに神殿があった。
 手前の広場の左側に手水舎があった。石造りの水瓶には桜の神紋が入っている。
 衛兵をそこで待機させると六人は手を浄め口をすすいで、大海人を先頭に石段をあがっていった。するとあでやかな一人の女人が神殿の左手から現れた。
 白妙の衣に朱の裳を装った小竹宮のヒメミコ豊与(とよ)であった。

 「天皇(すめらみこと)さま、お待ちいたしておりました」豊与はすきとおるような声で言った。
 見ると奥の方には神官や巫女たちが姿勢を正して控えている。
「それでは案内致します」
 豊与がいうと神官が二人進み出て、神前に向かって右に大海人天皇、左に菟野皇后、中に草壁皇子と、並ぶように誘導すると、その前に豊与が神前に向かってぬかずいた。
 すると四人の巫女が出てきて、左右からそれぞれ二人が豊与の横に寄り添ってぬかずくと拝礼した。全員が北向きに位置していることになる。

 豊与は静かに鈴を鳴らし始めた。
”リン、リン、リン! 
”リン、リン、リン、リン、リン!
 鈴の音にあせて白装束の巫女が立ち上がって舞い始めた。
豊与は北天に顔を向け、瞑目したまま胸元で静かに鈴を振り続ける。
”リン、リン、リン、リン、リン!
”リン、リン、リン!
”リンリン、リンリン、リンリン、リンリン、
 四人の巫女は舞い続けた。
 やがて、豊与の振る鈴の音がだんだんと小さくなり、ほとんど聞こえなくなると、それを合図のように巫女たちは神前から離れて姿を隠した。

「丹生大明神・ハホノカミ、アマテルヒメノカミ、祓いたまえ浄め賜え、そしてここに在す天皇(すめらみこと)と日嗣皇子(ひつぎのみこ)に力を与えたまえ、そして御代の彌栄(いやさか)を成させたまえ」
 凛とした豊与の声は山頂を抜けていった。
 続いて大海人天皇が祈った。
「ニウノオオカミ、我が朝廷(みかど)と吉野丹生一族の、永久(とわ)の安寧を誓います。御世(みよ)の平安のため力をお与えあれ」
 続いて草壁皇子が祈った。
「天地の神々、私は次の天皇として、この御国ため身命をささげることを誓います」
 すると神前にぬかずいていた豊与は、ゆるりと立ち上がると、草壁皇子に向き直って、手に持った鈴を鳴らしながら下に下げ、今度はとなりの菟野皇后の方を向き、また、鈴を鳴らしながら上に上げ、そして言った。
「大后(おおきさき)よ、オキナガノヒメミコがこう言われる、次の世は姫大王(ひめおおきみ)でなくてはならぬと。ヌカタノヒメミコも同じくそう言われる。菟野よ、大后よ、神の前に誓いませ」
 低く力のある声に変わっていた。
 オキナガノヒメミコとは神功皇后のことであり、ヌカタノヒメミコとは推古天皇のことであって、いずれも女帝である。
 その二人が、次の世は女帝でなくてはならないと言っているというのであった。
 菟野皇后はあわてて言った。
「ニウノオオカミさま、私も誓います。次の御代には我が子草壁をたて、天皇として恥じぬよう、私も精進し協力することを誓います」
「大后よ、そうではない。そうではないことが今に分かる。スメラミコトを見習い、また訪ね来よ」
 豊与は鈴をもう一度鳴らした。そしてゆっくりと神前に向き直ると静かにぬかずいた。
「ニウノオオカミ、我等に力を与えてください」
 全員が神前にこうべをたれた。
「誓いの宇気比(うけひ)はこれまでとします。天皇さま、大后さま、皇子さま、お疲れさまでした」
 そう言う豊与は、もとの透き通った声に戻っていた。
「天皇(すめらみこと)さま、それではこちらでご休息くださいませ」
 年輩の神官が案内に立つ。あとの五人はそれに続いて別室へ入った。

 部屋にはいると、藤原不比等は井角乗に近づいて小声で聞いた。
「井角どの、先程のヒメミコさまの宇気比に申されたハホノカミとは、いかなる神でございますか」
「ハホノカミとは、我等が丹生一族の元宮、小竹宮(しぬのみや)の先祖神で、元のお名は灰吹男(はひふきのお)といわれた精錬の男神さまです。今は丹生大明神と申し、初代斎宮のヒメミコさまを丹生都比売(にうつひめ)として相殿でお祀りしています。」
「それでは、アマテルヒメさまとはどのような神様でございましょうか」
「アマテルヒメさまは、ハホノカミとハヒメノカミさまの御子神さまです」
「ハヒメノカミさまとは、黄金岳波比売(はひめ)神社のご祭神でございますか」
「そのとおり、元のお名は灰吹女(はひふきめ)と申されます。そのお名の通り、お二人は露天タタラ炉の夫婦神です」
「その御子神さまが、アマテルヒメさまでございますか」
「そうです。それでハホノカミとハヒメノカミは夫婦神であり、白銀岳と黄金岳も夫婦岳となる」
 藤原不比等と井角乗の、話しを聞いていた草壁皇子はそこで口をはさんだ。
「井角どの、今ひとつお訊ねしたい、アマテルヒメのことだが、飛鳥宮では天照大神(あまてらすおおかみ)をお祀りしている。また、伊勢神宮(いせのかみのみや)でも天照大神をお祀りしているが、神名がよく似ているので聞きますが同じ神なのですか」
 そこで井角は返答に一息入れた。
「そのお答えは吾が致しましょう」井角の隣で、今度は鴨役公小角が言った。
「ハホノ・ハヒメの御子神さまは二人おられました、二人とも姫君です。姉がアマテルヒメさま、妹がシタテルヒメさまと申されて、妹姫は葛木鴨族に宗女として参られ、事代主(ことしろぬし)神にヒメミコとして仕えられたのでございます」
「姉姫さまはどうなされたのですか」
「姉姫のアマテルヒメさまは、丹生大明神さまにヒメミコとしてお仕えしていたが、後に天手力男(あめのたじからお)さまと夫婦になられたそうでございます。そしてその後のことはよく分からず、天照大神と同神なのか、それとも丹生都比売(にうつひめ)さまなのか、もう昔のこととて我々には、全く分からなくなってしまったのでございます。
「井角どのにも分かりませんか」
「はい、東宮さま。実は私も知らないのです。今、小角どのが申したこと以外は誰にも分かりません」
 藤原不比等も草壁皇子も、それ以上は聞けず、黙ってしまった。

 その日の内に、大海人天皇一行は、飛鳥宮へ帰った。
 大海人は帰朝すると、文武官を呼びつけ、広瀬大忌神と竜田風神へ、幣帛を奉るよう指示を下した。
 
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